デジタルトランスフォーメーションの全体像と日本企業のチャレンジ

デジタルトランスフォーメーションとは何か

あらゆる産業にデジタルトランスフォーメーション(DX)の波が押し寄せている。ITとの親和性が高い商品やサービスを扱っている企業はもちろんのこと、ITと関連性の低い商品やサービスを扱っていた企業も、自身のビジネスモデルのデジタル化を検討・模索している。

DXを論じるにあたって、「デジタライゼーション」と「デジタイゼーション(システム化)」についての区別をまずはっきりさせておきたい(図表1参照)。そのために、改めてDXの定義を明らかにしておこう。DXとは、デジタルテクノロジーの活用によってデジタル化を図り、ビジネスモデル全体を改善し、変化するビジネス環境に適応させて、最終消費者にとってより優れた価値を提供できる状態にすることだ。

では、デジタル化とはそもそも何を意味するのだろう。デジタル化といった場合、デジタイゼーション(Digitization)とデジタライゼーション(Digitalization)の2つがあり、両者は混同されがちだが、意味するところは大きく異なる。前者は、デジタル技術を用いることで既存の工程の効率化を図ることだ。これまでできなかったことを可能にする、あるいはコストの削減や付加価値の向上を実現することを意味している。

このデジタイゼーションと似た意味で使用されるのがシステム化という言葉である。システム化とは、デジタル技術を使ってビジネス上の要請や課題を解決することを指す。求められるのは課題への実直な対応であり、他社に劣後しない技術やソリューションへの活用だ。システム化はビジネスの維持や継続支援を目的として実行される。

一方、デジタライゼーションとは、デジタル技術活用による課題解決にとどまらない。デジタル技術を利用してビジネスモデルを変革し、新たな利益や価値を生みだす機会を創出することを指す。自社や外部の環境、ビジネス戦略面も含めて長期的な視野でプロセス全体を見直し、ビジネスモデルそのものを変革して新たな価値を提供することがすなわちデジタライゼーションである。

社会変化的にはデジタイゼーションはすでに先行して起きている。業務を安定稼働させるためにコンピュータシステムが生まれ、その後、コスト抑制を主な目的としてITが進化を遂げた。デジタライゼーションとはその先に来る概念だ。

デジタライゼーションに求められる要素を挙げてみよう。まずは課題解決のための創造的なアプローチが欠かせない。ユニークな技術活用やデジタル経験の提供も必要だ。真のデジタル化はビジネスパフォーマンスを加速させ、新たな事業価値の創出へと導いていく。

いま企業が目指すべきは、デジタイゼーションでもなければ、単なるシステム化でもない。デジタライゼーションを果たし、ビジネスモデルを抜本的に変え、これまでにない産業構造を生み出していく。それがDXの本質だ。

アマゾンが顧客接点を広げている真の目的

米国のアマゾンが2018年から展開しているレジのない無人コンビニ「Amazon go」も、小売業の変化を如実に表す試みだ。QRコードをゲートにかざして入店すると、カメラやセンサーで動きは正確にトラッキングされ、商品を店舗に持ち出すと自動的に会計される仕組みである。

アマゾンは複数の顧客接点を展開し、これまでにも新規客を創出するためさまざまな施策を実行してきた。米国内では2007年からプライム会員向けの生鮮食料品宅配サービス「アマゾンフレッシュ」を始めている。また、すでに多くのプライベートブランド(PB)商品を発売し、カテゴリーは増加の一途だ。すでにアマゾンのPBアパレルの売り上げは大手百貨店を上回ったという。

また、商品の配送についても新しい手段を投入している。不在時でもスマートキーを使って配達員が家の中に入り、荷物を届ける「Amazon Key」である。

なぜ、アマゾンはここまで熱心に流通業に取り組んでいるのだろう。それは、モノを作るところから始まって、商品を売り届けて顧客から評価を得るという一連のバリューチェーンを網羅するためだと考えられる。アマゾンは生鮮食品を扱い、PBを開発しラインナップを広げて消費者との横の接点を拡大し、かつ、PC、スマホ、店舗、AIアシスタントのecho、「Amazon Key」など縦の接点も増やしてバリューチェーン全体をおさえようとしている。これはデジタルの世界の1つの勝ちパターンだ。

すべての接点をおさえることができれば、そこから新たな需要やニーズをつかみ、次なる商品やサービスの開発につなげられる。適切なプライシングも行いやすい。そうなれば、他社を土俵の外に追いやることのできる圧倒的なビジネスモデルが完成するのである。

加速化するディスラプト・スピード

デジタルテクノロジーの進展により、既存ビジネスは驚異的な勢いでディスラプト(破壊)され、市場で中心的役割を担っていたプレーヤーがあっという間に姿を消している。しかも、ディスラプトのスピードは速まる一方だ。例えば1983年にアメリカの音楽市場にCDが登場し、それまでの主流だったレコードとカセットテープを駆逐して、シェアの過半数を占めるまでには8年を要したが、その19年後の2010年にはストリーミングサービスの台頭により、シェアは急速に低下し50%を割ってしまったのである※1

動画サービスのディスラプト・スピードもすさまじい。ピーク時の2004年には全米に約9000店もの店舗を展開していたビデオ・DVDのレンタルチェーンは2013年に経営破綻に追い込まれた。この大手レンタルチェーンを破産に追い込んだのは動画配信サービスのネットフリックスだ。同社がストリーミングサービスを開始したのは2007年。わずか4年で大手ビデオ・DVDレンタルチェーンを逆転したことになる。

デジタルテクノロジーは競争環境の変化も促した。顧客接点の獲得戦争(UI/UX)が激化し、B2Cの顧客接点ではアマゾンの例に見るように、デジタル勝者がバリューチェーンを統合する動きが加速している。B2Bの領域も例外ではない。デジタル化によるビジネスプロセスの破壊と融合が進行中だ。

モバイルやIoT、ブロックチェーン、AI、RPA、ドローン、ロボット、VR・AR、センサー技術、クラウド、ビッグデータ。今後もこうしたデジタルテクノロジーがドライバーとなって、業界の垣根が消え、既存の業界の破壊、もしくは融合が加速度をあげて進んでいくはずだ。この動きがさらに速さを増し、競争モデルが進化すれば、業種の壁を超えたエコシステムも続々と生み出されていくだろう。

このサイクルの中心に位置しているのはデジタルテクノロジーだが、競争環境は自然に変化しているわけではない。(1)パーソナル化(客視点での最適)、(2)プラットフォームの整備、(3)コアバリューの再定義、といった意思を持って技術を利用し駆逐するプレーヤーがそこに存在している。

技術をうまく取り入れながら意図的にビジネスモデルの変換を仕掛ける企業が登場し、これまでの業界構造や競争環境を変えているのである(図表2参照)。

デジタル型ビジネストランスフォーメーションの主要パターン

テクノロジーを活用してビジネスモデルを変換する場合、その変換のパターンは主に3つに分類できる(図表3参照)。

1つは、顧客体験や価値に重きを置いた「統合サービス型」と「顧客起点再構築型」だ。前者は、データの利活用により川下サービスを構築し、顧客価値全体をとらえた付加価値サービスであり、代表格としては航空機エンジンが挙げられる。

何百ものセンサーが取り付けられたエンジンからはフライトごとに莫大な情報が得られる。例えば、主翼や尾翼の使い方などパイロットの操縦のクセや傾向をつかむことも不可能ではない。そうした詳細なデータをもとに、同社はフライトごとの燃費計算を行い、ランニングコストを削減するためのサービスを航空会社に提供しているのだ。飛行機を使って空を飛ぶ航空会社に照準を合わせて実施しているサービスは、川下の顧客価値を取りにいった典型的なモデルである。

後者の「顧客起点再構築型」は、顧客を起点に事業基盤を再構築し、顧客接点を増強することでバリューチェーンの最適化を図るトランスフォーメーションだ。その興味深い例として取り上げたいのが、スペインのビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア銀行(BBVA)だ。

BBVAは、デジタルの時代が本格的に到来すればもう従来型の銀行のサービスモデルでは生き残りが難しくなると考え、徹底的な顧客起点からのサービスのデジタル化に着手した。サービスの単位ごとに小さなチームを立ち上げ、カジュアル型のサービスを創出し、これまでのモデルを自ら破壊したのである。

先進的なサービスの象徴が、2012年から提供している「BBVAゲーム」だ。フィンテックやデジタル化に積極的に投資しているBBVAは、金融サービスとゲーミフィケーションを融合させたサービスを提供するスタートアップ企業に出資し、BBVAゲームをスタートした。若年層の顧客獲得とリレーションの強化、顧客への金融教育を目的に開発されたWeb上のゲームサービスだ。

また、モバイル・バンキング・アプリは、フォレスター・リサーチから世界最高のアプリとして高く評価されているほか、保険証券を一括管理できるデジタル・サービスや、顧客が貯蓄目標を達成できるようにサポートするファイナンシャル・プラン・ツール「BBVAプラン」を発売するなど、BBVAは次々に新しいデジタルツールを投入している。デジタル化でビジネスモデルを変え、企業文化を塗り替えているBBVAは、まさに顧客を起点に事業を再構築した好例だ。

自ら既存モデルを壊しトランスフォームを敢行したネットフリックス

デジタル型ビジネスモデルトランスフォーメーションの2つ目のパターンが、コンテンツ/データを最大限に活用する「データ収集・分析サービス型」と「ソフトウェア/デジタルコンテンツ型」の2つだ(図表3参照)。

「データ収集・分析サービス型」は、データ解析のレイヤーに特化したサービスを提供し、業種アプリ開発に加えてネットワーク運営などを実施している。グローバルでは、データ収集や分析の「型」を確立し、拠点を超えて横展開している企業もある。

「ソフトウェア/デジタルコンテンツ型」とは、デジタル化により既存メディアを代替するコンテンツ配信モデルや機能のソフトウェア化が該当する。世界の有料会員数がすでに1億5000万人を突破したネットフリックスを見ると、「ソフトウェア/デジタルコンテンツ型」のパターンがよくわかる。以前、自宅で映画を見たいときにはレンタルDVD店を利用するしか方法がなかったが、店に借りに行くのも返しに行くのも面倒だと考える利用者は多かった。また、返却が遅れると発生する延滞金に対しても、利用者の不満が大きかったことから、ネットフリックスの創業者は消費者が抱いている不便や不満を解消しようと、1997年にオンラインで延滞金不要の宅配DVDレンタルサービスを開始した。

しかし、その10年後には、返却の手間さえ一切必要ないデジタルメディアのストリーミングサービスを開始している。そこからの飛躍的な成長については言うまでもないだろう。ネットフリックスは自ら立ち上げ、軌道に乗っていたオンラインでのDVDレンタルサービスを、未来を見据えて自ら壊し、徹底的にビジネスモデルをトランスフォームしたのである。

経営としてモデル変革を実現するのがDX

トランスフォーメーションの3つ目のパターンがプラットフォーム型だ(図表3参照)。これは、エンドユーザー接点と事業基盤をおさえたプレーヤーによる場の提供や、業種横断エコシステムをつくりあげる「B2Xプラットフォーム型」と、遊休資産と利用ニーズのマッチングを図り、B2Cのみならず、B2BやC2Cへの転換をも可能とする「シェアリング(マッチング)型」に分けられる。

世界的な検索エンジンやネット通販サイトは「B2Xプラットフォーム型」の代表格だが、自動車メーカーもこのパターンに該当する。というのも、顧客情報管理やサプライヤー管理をすべてプラットフォーム化しているからだ。

「シェアリング(マッチング)型」は、一般ドライバーを活用した配車サービスや世界で展開する民泊予約サイトを考えるとわかりやすい。世の中に眠ったままで利用されていない遊休資産に着目し、使われていない時間を必要な人に貸し出すビジネスモデルは当初B2Cからスタートしたが、一般ドライバーの配車サービスも民泊サイトもすでに法人向けのサービスを稼働している。これからはC2Cの「シェアリング(マッチング)型」モデルも可能な選択肢だ。

これらのトランスフォーメーションに共通するのは、デジタルを使ってトランスフォーメーションを仕掛け、新しい戦い方を繰り広げている点にある。根底にあるのはモデル変革だ。データ分析やデジタルツールの導入にとどまらず、経営戦略として、いかにモデル変革を目指していくか。それが実現できてはじめてビジネスモデルはトランスフォームされる。

DXを仕掛ける上での着眼点

では、DXを仕掛けていく上ではどのような点に着目すればいいのだろう。

まず挙げられるのが、既存のバリューチェーンの中に残されている顧客にとっての不都合や不便さだ。

優れた経営者は、こうした顧客にとっての不都合や不便さが残されたままでいると、必ず誰かにそこを突かれて駆逐されることになると指摘している。今起こっているディスラプトという現象の多くは、徹底的に顧客視点に拘ることができたかでも説明できる。

また、コストに対して価値が正当化できないバリューチェーンも、容易にひっくり返されやすい。加えて、機能面でみて、全体の産業構造の中で自社のバリューチェーンが不可欠なものとして説明できるか、それとも、中抜きされやすいものか否かについても、ビジネスモデル変革を仕掛ける着眼点としては有効である。

産業構造としてのバリューチェーン構造の視点だけでなく、自社の優位性再構築を考える際も同様のことが言える。こういったトランスフォーメーションを考える際、既存の組織構造にとらわれることなく、バリューチェーンを俯瞰し、自社の強みの所在の再確認(再定義)とともに、全体を最適なものに組み直すことができるかで、勝ち取れる果実が大きく変わる。(図表4参照)

ネットと親和性の高い事業、ネットの影響を受けやすい機能か否かという点も、ビジネスモデル変革を仕掛ける際の重要な着眼点となる。ネットフリックスのようなデジタル化しやすいコンテンツ提供型のビジネスモデルに加え、金融サービスも、ネットに影響を受けやすい業種といえよう。何か物理的な実態のあるものを扱うのではなく、本質的には、スキームとデータ処理およびネットワークを駆使することで価値を生み出しているため、デジタル化しやすい特性を持つからだ。そう言った特性を捉え、消費者におけるデジタル化の浸透の中で、顧客最適に徹底的にこだわることで、進化を続けている企業の代表例が、先ほど挙げたBBVAである。

デジタル技術でリフレーミングできる企業内の課題や社会的課題も、モデル変革の起点となる。リフレーミングとは、見方を変え、枠組みを変えることで、根源的な解決策を導き出すことだ。

本当に担当者が困っている問題とは何なのか、ビジネスとしての本来の目的は何なのかに目を向けることを示す。例えば、配送業務のドライバーの生産性向上を考える際、入力画面をユーザーが使いやすいように徹底的にこだわって改良していくよりも、荷物の受け渡し業務が現状の姿になった背景から紐解き、届け方自体を変えることで、伝票でのやり取り自体をなくしてしまった方が、真に迫った問題かもしれない。

レンズを変えて問題を見直し、本質的に解決すべき問題を捉えることができれば、抜本的な改革に繋がりやすい。視点を変え、枠組みを変え、いま直面している事態が本当に課題なのかも含めて、再定義を繰りかえしていくことが重要だ。


本稿は、2020年上半期に東洋経済新報社から刊行予定の「デジタルチャンピオンの時代(仮題)」(PwC Japanグループ著)より、一部を要約のうえ、先行してご紹介するものである。



執筆者

神馬 秀貴

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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