「ダイバーシティを社会に実装する」政治現場からの視点:森澤恭子氏

2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。

その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。

今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺いました。ダイバーシティの中でも特に大きな「ジェンダー」という領域から得られる示唆は、組織や社会における、性別に限らない多様性の実現にも不可欠なものとなるはずです。

PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。

森澤 恭子(もりさわ・きょうこ)

品川区長。1978年生まれ、神奈川県出身。2002年慶應義塾大学法学部政治学科卒。日本テレビ報道局記者、森ビル広報、ベンチャー数社の勤務を経て、2017年東京都議会議員選挙で初当選(2022年再選、2期)。2022年の12月再選挙を経て、品川区長に就任。「誰もが生きがいを感じ、自分らしく暮らしていけるしながわ」、ウェルビーイングな社会の構築を目指し、さまざまな施策に取り組んでいる。2児の母。

※法人名・役職などは掲載当時(2026年3月)のものです。本文中敬称略。

「4.4%」が示す、政治の現実

――森澤区長は自治体首長という立場から、日本の政治分野におけるジェンダーギャップの現状をどう感じていますか。

森澤恭子氏(以下、森澤):
ジェンダーギャップ指数は国会議員の数値が反映されることもあり、首長の女性比率はあまり知られていませんが、全国に1741の市区町村がある中で、2026年3月現在、女性の首長は76人。全体のわずか4.4%で、5%にも満たない状況です。私のように子育て中の首長となれば、さらに少ないでしょう。

知事は、広島県に新たに女性知事が誕生し、東京都・山形県と合わせて47都道府県中3人が女性です。直近の衆議院選挙(2026年2月)では、女性議員の割合は14.6%となりました。世界の人口の半分近くが女性である以上、意思決定・政策決定の場に、女性を含む多様な人たちがもっと多くいるべきだと考えています。

一方、東京23区では現在、7人が女性区長です。私が区長に就任(2022年12月〜)する半年前に杉並区長が誕生(2022年7月〜)しましたが、それまでは足立区長が23区で唯一の女性区長でした。その後の統一地方選(2023年4月)において複数の女性区長が生まれたこともあり、23区の女性区長の比率は全国的に見ても際立っています。これは東京都の小池百合子知事の影響も大きく、有権者が女性リーダーをイメージしやすくなったのではないかと思います。さらに高市早苗首相が誕生したことも追い風となり、政治の世界で「女性のトップリーダーも選択肢として存在する」という流れができてきたことは確かです。

ただし、国レベルで考えると現行の小選挙区制は、現職がいると新しい候補者を立てにくい構造にあり、さまざまな慣習やしがらみから女性が選ばれにくい実態があります。また、長時間の会合や地元回りが前提となる従来の政治活動のあり方は、子育てや介護を担うことの多い女性にとって参入障壁になりやすいという側面があります。例えば、クオータ制(※)のような強制的な仕組みを一時的にでも導入しないと、女性を増やすのは難しいだろうというのが正直な感覚です。

(※)クオータ制:政治や組織における女性(または特定の集団)の議席・役職数を、法律や規則で一定割合以上確保することを義務づける制度

――政治分野でも女性がトップに就く事例が増えてきたことで、「日本での多様性は高まっている」という声もあります。

森澤:
東京都の小池知事の例のように、女性のロールモデルの存在が増えることは、間違いなく大切です。ただ、「組織の中に1人だけ女性がいても、その人が女性全体の意見を体現しているわけではない」とよく言われるように、真の多様性を実現するためには、視点のバリエーションの確保も必要になります。性別に限らず、子育て中の人、シングルマザー・ファザー、独身の人——それぞれの立場を代表できる人が政策決定の場に増えてこそ、多様な意見が政策に反映されていきます。

民間から政治へのキャリアチェンジ、可能性と課題

 ――ビジネスパーソンから政治の道を志したのは、どのようなきっかけからでしょう。

森澤:
キャリアのスタートはメディア業界でしたが、私の職場は比較的男女に関係なく働く環境だったので、20代のころは「女性だから働きにくい」と感じたことは、ほとんどありませんでしたね。転機は夫の都合で滞在していたシンガポールから帰国して再就職しようとした時のことです。当時、0歳と2歳の子どもを抱え、まず、再就職先を探すのも大変でしたが、さらに年度途中に保育園を探すことの難しさに直面。周囲は「年度途中の保活なんて無理」という風潮でしたが、どうしても働きたかった私は、上の子を認可保育園、下の子は1駅離れた認可外の保育園に入れて仕事に通うところから再スタートしました。

この経験から、ほとんどの人は「保育園が見つからない」と働くことをあきらめてしまうのだろうなと痛感しました。「もっと子育て世代の声が、政策決定の場に届くべきだ」と、感じたのが政治に関わろうと思ったきっかけです。

その後、2016年に小池知事の政治塾に入塾。その半年後には東京都議会議員選挙に挑戦していました。最初から政治家になろうと思っていたわけではなく、「社会に対してアクションを起こしたい」と踏み出したことが、気づけば政治家としてのキャリアという大きな転換点になっていました。

 ――民間から政治へのキャリアチェンジという経験から、感じることはありますか。

森澤:
民間経験があることが、政治の現場でとても活きていると感じています。実際、まだまだ「政治の常識」と「民間の常識」がかけ離れている部分がありますから、もっと民間経験のある人に政治の世界に入ってもらいたいですね。

そういう挑戦を促すための環境整備も不可欠です。私はベンチャー企業の会社員時代に選挙に挑戦しましたが、社長に交渉して休職させてもらい選挙活動を行いました。落選しても戻れる環境があることは、チャレンジのハードルを下げる上で非常に重要だと思います。そのためにも、私は企業が「立候補休職制度」などを整備する必要があると思います。

また、逆に、政治経験のある人が民間企業に移る「人材の循環」(リボルビングドア)が盛んになることで、お互いの理解も進んでいくはずです。

条例に「ジェンダー平等と性の多様性」という言葉を刻む

――品川区長として、多様性の確保やジェンダーギャップ解消に向けて具体的にどんな挑戦をしていますか。

森澤:2024年4月、品川区では「ジェンダー平等と性の多様性を尊重し合う社会を実現するための条例」を制定しました。「ジェンダー平等」という文言を条例名に冠した条例は、都内初であり、明石市に次いで全国2例目です。多くの自治体で「男女共同参画」という名称が用いられることが多い中、もはや男女という枠組みだけでは語れない時代であるという思いから、LGBTQの方々も含めた「性別に関わらず」というメッセージを条例名に込めました。

就任以降、区政運営においては、品川区初となる女性教育長を任命したほか、審議会や各種会議への女性委員の任用など会議体の構成の改善についても取り組んでいます。委員の選定にあたっては、これまでの関係性や実績を踏まえると、どうしても同じような方々に偏りがちであり、新しい方に参画いただくことへのハードルが生まれやすい側面があります。そのため区長就任当初から、「ジェンダーバランスを意識してほしい」と繰り返し伝えてきました。例えば、無意識に委員長・副委員長がいずれも男性になってしまうこともあります。そうした点に気づき、丁寧に見直していくことが重要だと考えています。現在は、「いずれかの性別が40%」になるよう目標を設定し、実現しています。加えて、特定の世代や役職に偏らないよう、区内の大学生などの若い世代にも幅広く積極的に参加を求めています。

――多様なメンバーを入れたことで、議論にどのような変化がありましたか。

森澤:
例えばですが、品川区ジェンダー平等の推進に関する検討委員会では、LGBTQの当事者に加わっていただいたことで、議論が格段に活発になりました。これまで当事者の方と接する機会がなかった委員もいらっしゃいましたが、その声をリアルに反映することができました。その結果が、条例名の「多様性を尊重し合う社会を実現する」という言葉に体現されています。

実際、当事者がいない場でいくら議論しても、想像の域を出ません。よかれと思って考えたことが、当事者にとって望ましいものとは限らないということもあります。例えば、「女性」とひと口にいっても、いろいろな考え方や背景を持つ人がいます。だからこそ、多様な立場の方に会議に参加していただく意義を改めて強く感じました。さまざまな人を取りまとめていくことは、行政として簡単なことではありませんが、仕組みを整え、意識的に取り組んでいく必要があると考えています。

リーダー像も働き方も、アップデートする

――区役所という組織を率いる立場として、働き方や多様性確保のために取り組んでいることはありますか。

森澤:
品川区役所の女性管理職の割合は、現在約20%です。決して高い数字ではありません。また、女性に限らずですが、男女ともに「必ずしも管理職になりたくない」という傾向もあります。背景には、子育てや介護などプライベートとの両立の難しさなどがあると感じています。こうした状況を変えていくための取り組みの一つとして、区ではオンラインコミュニケーションツールを導入しました。これにより、働く場所にとらわれず、スマートフォンでもスケジュールやメールの確認ができる環境を整えています。

また、リーダーのあり方も再定義する必要もあります。私が民間企業でチームリーダーをしていた時、子どもが小さくて夜の現場に立ち会えない場面では、遠隔で指示を出しながら若手メンバーにフォローしてもらっていました。それは結果として、若手の経験値向上にもつながっています。こうした考え方を区役所にも取り入れ、課長や部長が一人で全責任を負うのではなく、チームで支え合いながら、リーダーが最終的な判断を行う――そのような組織文化をつくっていきたいと考えています。

私自身も、副区長に代理で会議に出席してもらうなど、チームで働くことを実践しています。こうした姿勢を率先して示すことで、組織全体の働き方も変えていけたらと考えています。

地元の人材で産業を盛り上げる、リスキリング・マッチング

――品川区が取り組む「地元企業と女性のリスキリング・マッチング」についても教えてください。

森澤:
2025年度から始めた取り組みで、人材不足に悩む地元の中小企業と、地域で子育てと両立しながら働きたい女性のニーズをつなげるものです。基礎自治体だからこそできる「地元」という視点でのマッチングに取り組んでいます。

また、マッチング活動の一環として、女性向けエンジニア養成プログラムも進めていきます。エンジニアという職域は、人材の不足が顕著である一方、女性がまだまだ少ないです。品川区には、大崎・五反田エリアを中心に多くのIT関連企業が集積しています。こうした地域特性を活かし、地元企業の人材確保という課題解決と合わせて、女性の就労機会の拡大を図っていきます。ひいては賃金などの面でのジェンダーギャップの解消にもつなげていければと考えています。

品川区では女性活躍を目指し 「女性の新しい働き方セミナー」などを開催

品川区では女性活躍を目指し「女性の新しい働き方セミナー」などを開催

――行政からの情報発信については、どんな工夫をしていますか。

森澤:
行政からの情報が、区民に十分に届きにくいことについては、大きな課題であると認識しています。SNSなどを活用した情報発信にも取り組んでいますが、行政だけの発信には限界があるのも事実です。そのため、プレスリリースなどを活用しメディアを通じて区民に情報を届ける工夫をしています。

行政は「制度を作るところまで」で完結してしまいがちですが、実際に利用していただいて初めて意味があります。こうした場面において、民間での経験を持つ人材の視点は大きな価値があります。多様なバックグラウンドを持つメンバーがいれば、その分だけ多様な視点からの届け方のアイデアが生まれます。情報発信こそ、多様性が生かされる分野のひとつだと考えています。

いち市民として、多様な議員を増やす

――ダイバーシティを社会で実装するためにどのようなことができるでしょうか。

森澤:
「社会に課題を感じていたら、選挙に立候補しませんか?」ということに尽きます。いきなり民間から国政に飛び込むのはハードルが高いので、まずは基礎自治体である区議や市議に挑戦するのはいかがでしょうか。女性を含め多様な議員の数を増やしていきたいです。特に基礎自治体は「子育て・介護・教育・防災」など、生活に密着した領域を扱っているので、普段の生活で感じる課題の解決に直結します。「自分が大変」で終わらせず、「社会の仕組みそのものを変える」ための声を上げていってほしいですね。

もし、立候補はさすがに…と思われるのであれば、誰か志を同じくする人の活動を応援することも政治参加の一つの手段です。投票はもちろんのこと、ボランティアとして候補者や議員を応援する方法はたくさんあります。これまで当たり前とされてきた政治の慣習や仕組みも、新しい視点が入ることで変えていくことができます。ぜひ、自分の住んでいる自治体の政治に関心を持って、課題解決のための一歩を踏み出していただきたいですね。

――社会人経験を経た後のキャリアチェンジを後押しするヒントはありますか。

森澤:
政治家はとてもやりがいのある仕事です。子育て、教育、まちづくりなど、全てがフィールドであり、そこから社会を変えていくことができます。一定の拘束はありますが、それ以外の時間は自らの裁量で活動を組み立てることができ、ある意味では究極のフリーランスでもあります。ぜひ、民間での経験を生かし「基礎自治体の議員」をキャリアの選択肢にしてほしいですね。

基礎自治体の議員の多様性が高まれば、それが都道府県議会、国会へとつながっていきます。その積み重ねが、ジェンダーギャップ解消、ひいては日本社会の多様化を着実に前進させる力になっていくはずです。

<インタビュー後記>

―リスキリング・リチャレンジが、多様な「当事者」を新たなフィールドへ送り出す―

森澤氏は「民間経験が政治の現場でとても活きている」と語りました。異なる視点、当事者の視点が場に加わることで、議論や取り組みの質そのものが変わる——委員会にLGBTQ当事者が参加し議論が活性化したエピソードも同じ原理です。これは政治に限らず、企業の意思決定の場や教育現場にも当てはまる示唆ではないでしょうか。

しかし、越境にはハードルが伴います。第一弾のインタビューで坂東眞理子氏は、リスキリング・リチャレンジを誰でも、いつでもできる世界が日本社会の多様性を高めるために不可欠であると指摘しました。新たなフィールドへ踏み出すための学び直しの機会を区として用意していることは、越境のハードルを下げる実践と言えるでしょう。また、森澤氏自身が、民間から政治へ越境しその活躍の姿を示すことは、人々のリチャレンジを後押しするものです。

越境する個人を支えるには、送り出す側の準備も欠かせません。森澤氏が言及した「立候補休職制度」のように、挑戦しても戻れる環境を整えることはその一つの形です。「人材の循環(リボルビングドア)」が示すように、越境した経験はやがて社会や組織に還元されます。人を信じて送り出し、また受け入れる準備を整えることが、社会全体の多様性を前に進める力になるのではないでしょうか。 

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