「ダイバーシティを社会に実装する」健康の現場からの視点:吉村泰典氏

2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。

​その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。​​

今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺います。​​ダイバーシティの中でも特に大きな「ジェンダー」という領域から得られる示唆は、組織や社会における、性別に限らない多様性の実現にも不可欠なものとなるでしょう。

PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。​

吉村泰典(よしむら・やすのり)
一般社団法人吉村やすのり生命の環境研究所代表理事。慶應義塾大学名誉教授。産婦人科医。慶應義塾大学医学部卒業。米国ペンシルバニア病院リサーチフェロー、米国ジョンホプキンス大学インストラクターを経て、1986年より藤田保健衛生大学医学部産婦人科専任講師。1990年より杏林大学医学部産婦人科助教授、1995年より慶應義塾大学医学部産婦人科教授。日本産科婦人科学会理事長や日本生殖医学会理事長、日本産科婦人科内視鏡学会理事長など、数多くの学会理事を歴任する。2013年から2020年まで第2次〜第4次安倍内閣の少子化対策・子育て担当内閣官房参与を務める。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。本文中敬称略。

社会全体で実現すべきは、健康に、自分で決めた人生を生きられる環境

――吉村先生は、産婦人科医として多くの女性たちの健康に向き合ってきましたが、健康という視点から、日本におけるジェンダーダイバーシティについてどのように見ていますか。

吉村泰典(以下、吉村):
2014年の日本創生会議において、2040年を見据えた「ストップ少子化・地方元気戦略」が提言されました。そのレポートの中で強調されていたのは、全国の市区町村のうち、約半分である896が消滅可能性自治体だということでした。その3つの原因は、
①それらの自治体で20〜39歳の若年女性人口が5割以上減少すること
②生産年齢人口(15〜64歳)が急減して労働力不足が深刻化すること
③高齢化率が4割以上になること
とされました。
それから10年後の2024年、人口戦略会議がまとめた消滅可能性自治体マップでは、「若年女性人口の半減」だけに条件が絞られました。若年女性の人口が、地方都市の存続に特に大きく影響するという考え方が、浸透していると言えるでしょう。

ではなぜ、若年女性が地方から流出するのか。地方において女性が健やかに輝ける社会環境がないからだと考えています。私は少子化対策と子育てについて安倍内閣の内閣官房参与を務めましたが、当時から、子どもを産む・産まないに関わらず、女性が元気で健康に働き、生き方を自分で決められるような社会がなければ、少子化を止めることも地方創生も成り立たないと主張しています。

地域によらず、性別に関わらず、健やかに自分に沿って生きられる社会を整えることが、いま日本に求められていることだと考えます。

プレコンセプションケアに企業や学校が取り組む意義

吉村:
特に働く女性に関してお話しすると、月経困難症やPMS(月経前症候群)など月経関連の不調による日本国内の社会的・経済的損失は、年間で最大6,800億円1と言われています。こうした月経随伴症状による労働生産性の低下を改善し、女性が働ける職場環境を作ることが、企業の活性化、企業価値の向上につながるのです。

健康問題は、月経だけでなく、女性ホルモンであるエストロゲンが年齢によって増減する影響で、女性特有のライフステージに従った病気としても表出します。例えば、キャリアが充実し、子育ても受験などで手がかかる50代くらいで苦しむのが、更年期障害です。さらに老年期になると、女性ホルモンのさまざまな欠乏によって、脳の中枢神経から皮膚、循環器、骨に至るまで、あらゆる疾患が起こり得ます。女性の場合には、エストロゲンを中心とした予防的医療介入を企業も考えていく必要が出てきますね。

 ――そういう意味では、先生が推進されてきた「プレコンセプションケア」も重要になりますね。

吉村:
はい。このようにライフステージに従って健康問題をみていくと、「プレコンセプションケア」を考える必要があります。プレコンセプションケアとは、「生涯にわたり、身体的・精神的・社会的に健康でいるために、性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う概念」です。コンセプションとは受胎、妊娠のことを指していますが、妊娠や出産をするかしないかに関わらず、そして男性も含めて、若いときから健康であり続けるにはどうするかを考えていく必要があります。

卵子凍結支援は、メリット・デメリットの情報と共に

――最近では、企業が卵子凍結の補助金を福利厚生として出す事例もありますが、どう見ていますか。

吉村:
海外では、20年ほど前から、20~30代の活躍する時期に妊娠・出産・子育てで職場を離れなくてもいいように、企業が卵子凍結費用を補助するようになりました。企業が社員に対して「あなたのことを考えて支援する」というメッセージとして補助金を出すというのは良い取り組みだと思っています。ただ、事情はさまざまですが、凍結した卵子の9割は使用されていない2という実態や、メリットとデメリットがあることも、卵子凍結をサポートする以上、企業には知っていただきたいです(下記のコラム参照)。

目指すべきは、妊娠とキャリアとのトレードオフを迫られるという状況に女性を置かないために環境を整えていくことです。その手段の一つとして、メリット、デメリットの双方を正しく知ったうえで、卵子凍結費用を企業が支援することは、女性に働き続けてもらう方法のひとつだと思います。日本には、社員の卵子凍結費用だけでなく継続的な凍結保存料も負担したり、健康経営の視点から生理用品の無料配布や低用量ピルの費用負担なども行ったりという先進企業の事例も存在します。

コラム
吉村氏が考える、卵子凍結に関するメリットとデメリット

  • メリット
    メリットは、生殖適齢期からの解放と生殖の自律性です。哺乳動物として生まれた以上、肉体的に生殖年齢の終わりがあります。しかし、卵子を凍結しておくことで、自分の妊娠したい時期を選ぶことができる可能性を担保できます。
  • デメリット その1
    卵子凍結をする人の多くは20代などの早い時期ではなく、妊娠年齢ギリギリになってからの人が多いということです。例えば東京都においては、35歳以上で凍結する人が7割程度という調査結果があります3。年齢が上がると、卵子の質はどうしても落ちてしまいます。卵子1個から妊娠できる割合は、平均すると4.5〜12%ですから、10個凍結しても1個妊娠できるかどうか。質が落ちれば可能性はさらに下がります。
  • デメリット その2
    卵子凍結には、最初に凍結するときのコストに加えて、活用のタイミングがくるまで凍結保管を続けるための費用が必要となります。年数によっては、その保管のためのコストの負担が大きくなり、活用を待たずに保管をやめなければならないケースもあります。

女性の労働力率と出生率を正しく捉える

――少子化は改善の兆しが見えません。そのような中で、性別によらず働きやすい社会を作るには、何が必要なのでしょうか。

吉村:
ジェンダーの問題を含め、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)をなくすことは、同調性バイアスや正常性バイアスの強い日本社会では、非常に難しいと感じています。ですから、アンコンシャスバイアスがあることを前提に、バイアスをなくす議論をしていく必要があると思います。地方の女性の流出も、若者や女性の価値観に対して不寛容で、多様性が認められないということから起きていると考えています。

政府は、2023年の「こども未来戦略」の閣議決定で少子化対策に総額3.6兆円の投入を決めました。私も少子化対策にずっと取り組んできましたが、率直に言って、どの政策も手遅れになっているように感じます。地方創生も、少子化も、政策や助成金などの“モノ”では解決できず、“意識”を変えないといけないのです。「抽象論を言ってどうするのか」と指摘を受けることもありますが、具体的な施策ではもう若者世代はもうついてこないでしょう。

日本は、「男性は仕事、女性は家事・育児」という性別役割分担意識がまだ色濃く残っています。男性の育児休業や育児・家事への参加も増えてきましたが、それでもまだ海外に比べて女性の負担は非常に重い。一方で、企業はだいぶ変わりました。まだ改善の余地はありますが、ジェンダー平等の推進とともに、長時間労働の是正、在宅勤務や短時間勤務などの柔軟性も広がり、日本の育児休業は北欧より充実していると評価できます。

一番変わらなければならないのは、社会の意識と価値観だと考えます。人生観、結婚観、社会観、女性観など古い価値観から抜け出せない。例えば、「選択的夫婦別姓」などの議論をみていると、女性が“女性として”ではなく、“人間として”生きていける社会を作るという意識や価値観が日本には足りないように私は感じます。

――性別役割分担によって、出生率を含め日本の社会は支えられてきたという声もありますが、先生はどう考えますか。

吉村:
女性の社会進出により、少子化が進むというような論調もありますね。そもそも女性は“社会の一員”なのに、“社会進出”とはおかしな話ではあるのですが、国際機関が調査したデータから、「女性の労働力が高い方が、出生率が高まる」という結果も証明されています(図表1)。

図表1:先進国における女子労働力率(25~34歳)と合計特殊出生率

――データよりも、社会の意識や価値観の方が人々に影響している状況なのでしょうか。

吉村:
2008年にこのデータが出てから、私は「女性の労働力と出生率が正比例する」ということを各所で話していますが、日本では多くの方が色々な理由をつけて認めたくないようです。この事実を認められない社会であるならば、もう少子化対策を諦めなくてはいけないと私は思い始めています。国立社会保障・人口問題研究所の2021年の調査では、「結婚したら子どもを持つべきだ」とする考えに「賛成」と答えた独身者の割合は、急激に減っています(図表2)。特に女性では約3人に2人は「子どもを持たなくてもいい」と思っているのが、産婦人科を専門とする医師として実にショッキングでした。

図表2: 独身者の子どもを持つ意欲の変化

吉村:
私は、先にも述べたように、妊娠や出産をするかしないかに関わらず、そして男性も含めて、若いときから自分の健康や人生を考えてもらいたいという考えのもと、さまざまな意見を発信しています。ただ、もし、若者の子どもを持つ意欲の低下に「子どもを持つと自己実現より子どものことを優先しなければならない」「結婚をしなければ子どもを産めない」といった、日本にある価値観や慣習、制度が影響しているのであれば、そういった社会の意識にレボリューションを起こし、真の多様性を認めるようになることが重要だと考えます。世界を見れば、出生率の高いフランスやスウェーデンには、さまざまな「結婚」の形があり、婚外子が50%を超えているという国もあるのです。

一つの選択肢としての「ワイズシュリンク」

――これからの日本はどのような方向に進めばいいのでしょうか。

吉村:
社会の意識変革が急速に進まない限り、人口減少に歯止めをかけることはできないでしょう。人口減少を受け入れ、人口が減っても経済を縮小させない「ワイズシュリンク(賢く縮む)」の方向へ進むことも一つの選択肢だと考えます。日本は、経済的には裕福になったけれど、心が満たされていない人が多くいます。経済的にも社会的にも満たされ、心身共に健康であることがウェルビーイングの実現です。国民のウェルビーイングを高め、生産年齢人口の生産性を向上していけば、ワイズシュリンクしても日本はやっていけます。

――未来に向かう日本の中で、女性たち自身は、どんなアクションを起こせるでしょうか。

吉村:
多様性という言葉が多く使われるようになっても、本当の意味がわからずに使われている気がします。「SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights)=全ての人が自身の体や性、妊娠・出産に関して自己決定し、健康で尊重される権利を指す基本的人権」(以下、リプロダクティブライツ)の確立こそが、真の多様性だと思っています。身体的な悩みだけでなく、個人の尊厳、自己決定権、ジェンダーを含む人権までを包括した形で、自分の性や生き方を自分で決断できること。これが保障されていなければ、どんな施策を積み上げても、社会は前に進みません。

私の妻は、医師としてキャリアを積み、教授も務めました。結婚52年目になりますが、常にお互い働き、子どもが生まれた後は別居も多かったです。娘が中学生の頃は、私が一緒に住んで、妻が単身赴任だったこともあります。100人中6人しか女性医師がいなかった時代ですから、「女は使い物にならん」と言われて泣いて帰ってくることもありました。社会の軋轢や男性社会で生きていくのは大変なことだと思いますが、主任教授としても15年間一生懸命働く姿を見ていたので、自分の生き方を自分で決め、その道を進む女性は素晴らしいと、改めて思うのです。

自らの人生を生きる人を応援する立場として、「パッシブではなく常にアクティブで」「個性は性別を超える」「継続は力なり」と伝えたいですね。もちろん同時に、社会の意識のレボリューションも不可欠です。リプロダクティブライツを確立し、女性も男性も自分の生き方を自ら決め、その選択で生きていける社会を実現する、そのためにできることを病院も企業も個人も、社会に参画するそれぞれが考えて行動に移していけると良いのではないでしょうか。

1 Tanaka E, et al. J Med Econ 16: 1255 – 1266 , 2013. Burden of menstrual symptoms in Japanese women: results from a survey-based study
2 Chronopoulou, E . et al. J Assist Reprod Genet 38: 1177 – 1186 , 2021. Elective oocyte cryopreservation for age-related fertility decline
  
3 東京都福祉局, 2023. 卵子凍結への支援に関する各種調査結果

<インタビュー後記>

―全ての人が自ら決めた道を進むために、抽象論と言われても「意識」の変革から取り組む―

少子化は、政治や経済の領域を超えて国の未来を左右する日本の課題です。そしてここにも、社会に根づくアンコンシャスバイアスや性別役割分担が大きく影響していると言えるでしょう。吉村氏のインタビューを通して語られたのは、性別や住んでいる地域に関わらず、結婚・妊娠・出産のような自分の身体のことや生き方を自ら決められる権利が、社会の基盤にあるべきだということです。そして、そのためには、バイアスの存在を前提とした「社会の意識改革」という、一朝一夕には成果の見えにくい抽象度の高い課題への取り組みが避けては通れないということでした。

第一弾のインタビューにおいて齋藤和弘氏は、国籍や性別のような属性ではなく個人の専門性が生かせているかという視点で組織を見ることの重要性を説き、それができれば組織は自然と多様になると指摘しました。「属性ではなく、その人自身を見る」という姿勢は、経済と健康という領域の違いこそあれ、吉村氏が説く自己決定の尊重と根底でつながっているのではないでしょうか。

吉村氏からは、企業によるジェンダー平等推進の結果もたらされた長時間労働の是正や勤務形態の多様化が、働く人の意識の変革にもつながっているという指摘がありました。女性のホルモンバランスやライフステージの変化を想定した支援も、変革のきっかけの一つになり得るかもしれません。制度や環境が変わることで人々の意識が変わり、意識が変わることでさらに社会が進む――この好循環を生み出す起点として、社会を形作る重要な存在である企業だからこそできることがあるのではないでしょうか。  

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