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2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。
その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。
今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺いました。
PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。
齋藤 和弘(さいとう・かずひろ)氏
前サントリー食品インターナショナル 代表取締役社長
1959年福島県出身。早稲田大学法学部卒。1979年サントリー(現・サントリースピリッツ)入社。食品事業部副事業部長を経て、2009年同社常務取締役兼、サントリーホールディングス執行役員に就任。2011年サントリー(中国)ホールディングス有限公司副社長、2014年同社社長、2016年サントリー食品アジア社CEOを経て、2019年、サントリー食品インターナショナル代表取締役社長に就任し、2023年退任。現在は個人のコンサルタント業や社外取締役などに従事。
※法人名・役職などは掲載当時のものです。本文中敬称略。
――現在、日本が直面するジェンダーギャップの原因は何だと思われますか。
齋藤和弘氏(以下、齋藤)
日本のジェンダーギャップの一因には、「伝統」という名で語られるが実は伝統的でない事実があると感じます。その一つが男性は外で仕事、女性は家庭という専業主婦の概念です。この性別役割分担は比較的近代になってからのもので、都市化とホワイトカラーの出現以降と言われています。これが昔からの社会的伝統と取り違えられ、高度成長期を通じてジェンダーギャップの拡大、組織の硬直化に影響を与えてきたように思います。
例えば、江戸時代の商家では、むしろ女性の地位は現在よりもはるかに高く、女将(おかみ)が実質的な経営権を握っていることも珍しくはなかったようです。人口の9割である貴族や武士階級以外では、男女とも懸命に働く生活を送ってきたわけです。それほど昔でなくても私が生まれ育った東北の小さな町では絹織物の工場で男女の職工さんが三交代で働いていましたし、私の実家の商店も家族店員で、やはり男女の別なく必死に働いていました。子育てを含めて相互扶助的で、いざという時に本気で助け合うのが、それこそ日本の伝統だと私は思います。余談になりますが、あの東日本大震災の時に、その本来の伝統の力を垣間見た気がしました。
――サントリーグループ内で初めて女性を社長に起用しました。決め手は何だったのでしょうか。また社内で反対意見などはありましたか。
齋藤:
現社長(小野真紀子氏)を選んだのは、純粋に能力評価に基づく判断です。これはハッキリと言える。小野さんも、就任にあたり「女性初」という文脈ばかりで取り上げられるのに違和感もあったのではと思います。登用に際して社内で特に大きな障害はありませんでした。海外売上が6〜7割を占める企業において、国際経験豊富な人材が経営トップに就くことは必然的な選択です。候補者の中で、もっとも戦略的思考力に優れ、グローバルビジネスの実績もあったのが小野さんであり、性別や国籍は二次的な要素にすぎません。彼女のリーダーシップ力は、フランス事業のV字回復で実証されていますからね。結果、企業内外から大いに支持されました。
――グループ内では、すでにジェンダーダイバーシティが浸透しつつあったということですか。
齋藤:
日常の買い物時間で比較すると女性が男性の約2倍1という消費材業界においてはマーケティング担当者が男性ばかりという状況は明らかに不合理です。現実を見据え、それを反映した人事配置は経営上必然と言えます。そういった面では、社内にはジェンダーダイバーシティは浸透しつつありました。もちろん十分なレベルというわけではありませんが。
グローバルな視点で見ると、日本のジェンダーギャップの深刻さはより鮮明です。アジア諸国の多くでは、ボードメンバーにおける女性の比率が5割前後、あるいは女性のほうが多いケースも珍しくありません。私が社長時代だった頃も、アジアでは、4工場のうち2工場が女性工場長であり、欧州の主要事業部門のトップや主要幹部も女性が大半を占めていました。
これらの国々では、性別を意識した人事などはありえません。単純に能力と適性に基づいて人材を配置した結果、自然に多様性が実現されているということです。職場で「私のボスは女性です」などという発言は一切出ませんし、性別よりも個人の専門性や実績が重視される文化が根付いていますね。
1出所:総務省統計局, 2021年. 令和3年社会生活基本調査
――経営者としてのご経験から、ジェンダーギャップ改革を促進するためにはどのような制度が効果的でしょうか。たとえば3割のクォータ制2を導入することに対しては、齋藤さんはどう考えますか。
齋藤:
原則的に、国籍や、ジェンダーを意識しないことが大事だと考えています。そして、社会というものは余計なことをしなくても、自然に変わっていくものだとも信じています。ただ現実に大きく歪みが生じ成長を阻害している実情があるのなら、クォータ制の導入は非常に効果的だと考えます。現在ジェンダー平等で先進的とされる欧州なども、かつては多くが男性社会でしたが、クォータ制の導入や、有名なアイスランドの女性たちによるストライキなど、積極的な変革手段を用いて現在の状況を実現してきています。こういった事実は、日本にとって重要な示唆を与えているのではないでしょうか。効果的な手法として、まずは高い目標値を設定すること。このときの目標値は、3割を目指すなら、最初から3割ではダメ。政府は30%を目標に掲げていますが、本当に3割を目指すなら控えめな目標では変革スピードが不十分です。例えば、「5割」という高い目標を設定することで発想を変え、達成を加速させることができます。現状から見た達成目標値より高い数値をセットし思考実験する。これは経営の基本です。ジェンダーダイバーシティをただの指針ではなく、企業文化を変えるための具体的なステップと捉えることです。
2: 組織の中で、性別や人種など、属性ごとに比率を決めて割り当てる制度。国によって、政治や企業で導入されている。
――多様性の効果のひとつに、イノベーションがあると考えられています。企業のイノベーションを促進するために必要な要素は何でしょうか。また、組織内での議論やコミュニケーションにおいての重要なポイントを教えてください。
齋藤:
イノベーション促進には、組織内での率直な意見交換が非常に重要です。多様な視点を取り入れることができる環境をつくることで、より建設的な対話が可能になります。上下関係や序列を超えたコミュニケーションを構築するのは簡単ではありませんが、イノベーションには不可欠です。こんな実例があります。
サントリーで40年ほど前、多様な専門性を持つメンバー構成によるチーム性の商品開発手法が導入されていました。現在の「アジャイル開発」の先駆けとなった取り組みと言えるかもしれません。
このシステムでは、営業、宣伝、研究開発、パッケージデザイン、生産など、異なる部門の代表メンバーで1つのチームを形成し、商品開発を行います。シーケンシャル(順次的)な開発プロセスの時代では、各段階で上司への相談・承認が必要でした。ですが、「却下されないように」といった防衛本能、これは人間の性なのでしょうがないことですが、そういった保守的な思考が働くことで、結果、平凡で無難な商品しか生まれなかった。
けれど、多様な視点を持つメンバーが同時にコミュニケーションすることで、予想外のアイディアが生まれ、革新的な商品開発が可能になりました。デザイナーがネーミングのアイディアを出し、生産担当がパッケージデザインに意見するなど、専門分野を超えたクリエイティブな化学反応が起きるのです。
スピードも重要。いちいち上司にお伺いを立て、経営陣も100%確信できるものを待っていたら、時々刻々と変化するグローバル市場では勝てっこない。私は「6分(ぶ)の確信で決断する」の姿勢を大切にしていました。現場は、5分(ぶ)の確信を得たらグッとアクセルを踏み込む。もしそこで失敗しても、同じチームで迅速に修正・再製作すればいい。重要なのは、失敗を学びや学習機会として捉えること。「失敗は宝」ですから。失敗すると上に叱られるから保守的になるなど、もってのほかです。階層的な意思決定プロセスから、より迅速で柔軟な判断システムへの移行に挑戦することが、ダイバーシティ経営時代のリーダーたちに求められることではないでしょうか。
また、こういったストレートでフラットなコミュニケーション環境下では、時に激しい議論や対立が発生しますが、それは建設的な緊張関係であり、最終的により良い成果につながります。例えばある部門の実績が悪いとしましょう。リーダーは目標達成に向かってしっかりと指摘しなければなりませんが、そのときに「あなたが悪い」ではなく、「数値が悪いがあなたはどうしたい? 私はこう思うが」と問いかける。ここから建設的な議論が始まります。仲良しクラブ的な表面的な調和よりも、率直な意見交換ができる、フラットで多様な環境のほうが、真のイノベーションを生み出すと言えます。
――日本がたどってきた歴史の理解から、イノベーションを起こすリーダー育成まで、幅広い示唆をいただきました。どうやら「教育制度」にも問題がありそうですが、齋藤さんは、日本の教育の課題についてどのように考えますか。
齋藤:
現在の日本の教育制度は“選別”に重点を置き過ぎていて、個人の興味や特技を伸ばすことが軽視されているように思います。学生が自分の好きな分野を追求し、その才能を伸ばせるような教育が理想的です。欠点を無くすようなジェネラリストの育成ではなく、多様な専門性を持つ人材を育成するための教育改革は必要かもしれません。その先に真に学際的な創造性があるのだと思います。
企業の人材育成においても、私がサントリー食品事業部(当時)在籍時に取り組んでいた「金・銀・銅・鉄制度3」のような相互システムが効果的だと感じます。各個人が自分の得意分野、専門分野を他者に教え、不得意な分野を他者から学ぶ。つまり、経験を超えてクロスで学び教え合うということです。地位や役割を超えて相互に教え学び合うことで、組織全体の知識レベルが向上し、部門間の理解が深まります。このような仕組みにより、狭い専門性に閉じこもることなく、総合的な経営視点を持つ人材を育成できると考えます。
3:社員の知識や経験を4段階に分け、教える側と教えられる側が、相互に学びながらチーム全体の知を高めていく当時のサントリーの社内制度名称。
――最後に、日本のジェンダーギャップを解消するために各企業に提言したいアクションを教えてください。
齋藤:
重要なのは、ジェンダーダイバーシティを特別な取り組みとして扱うのではなく、優秀な人材を適材適所で活用するということを、経営の基本原則として位置づけること。性別に関係なく、もっとも能力の高い人材がもっとも重要なポジションに就くという当たり前の状況を実現することが、日本企業の競争力向上と持続的成長の鍵です。そのために私が提言するのは、まずは女性の管理職比率を5割の目標に切り替えて、クォータ制導入にアクセルを踏んででも優秀な女性を早期に登用すること。自然な変化を待っている時間的余裕は日本にはないかもしれません。
また、企業と家庭のいい意味でのコラボレーションは必要でしょう。例えば、ワーキングマザーとその配偶者を交えた復職支援面談をしたり、育児分担を後押ししたり。境界を超えた協力関係を通して、家庭の課題解決も企業がサポートするのです。従来は、企業が手当や休暇制度を整備して、問題の解決は各家庭に任せていました。そこで解決が難しい場合は周囲や上司の善意の目配りやコミュニケーションで解決していたと思います。ただ今後、人手に余裕がなくなってくるとその善意に頼るのも限界が来ますので、まずは企業ごとに制度化することも必要だと感じます。
―固定化された価値観から脱却し、価値創出に向けた経営戦略として多彩な人材を育てるために―
齋藤氏のインタビューにおいて特筆すべきは、国籍、ジェンダーなどの属性的違いを意識するのではなく、個人の専門性が生かせているのかということを組織マネジメントの視点で見ることの重要性です。それができれば、組織は自然と多様になると齋藤氏は指摘します。クォータ制のような数値目標の設定は、自然の変化を待てないときの劇薬的な施策であるという点を、関係する者全てが改めて理解する必要があると言えます。
また、イノベーション創発のためには、多様なバックグラウンドを持つメンバー同士が、階層的な意思決定の流れから解放された場で、率直に意見交換をすることが必要とされるという点も、大きなインサイトです。例えば、イノベーションは企業価値の向上に直結するものと考えると、組織の多様化やフラット化は、企業で働く全ての層にとって重要な要素であり、「(ジェンダーイクォリティの)数値目標があるからやっている」という認識は改めないといけないでしょう。
そして、そのイノベーションの実現には、人数的にマイノリティとなっている者自身が、組織を構成するメンバーとして自らの意見を発信することが、価値創造への貢献になる、と意識することも必要です。年代性別問わず、一人ひとりが組織に貢献するために、自らチャレンジすること、それができる環境を作ることが、組織の多様化を推進する要素になるのではないでしょうか。“選別”に重点を置きすぎない減点方式からの脱却も、一つのトリガーとなりそうです。
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