「ダイバーシティを社会に実装する」教育現場からの視点:稲垣恭子氏

2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。​​

その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。​​

今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺います。ダイバーシティの中でも特に大きな「ジェンダー」という領域から得られる示唆は、組織や社会における、性別に限らない多様性の実現にも不可欠なものとなるでしょう。

PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。​  

稲垣 恭子(いながき・きょうこ)
京都大学 理事・副学長 
京都大学博士(教育学)。1983年より帝京女子短期大学講師、滋賀大学教育学部助教授などを経て、1996年より京都大学に着任。その後、同大学院教育学研究科助教授を経て、2005年に同研究科教授に就任。京都大学教育研究評議会評議員、京都大学教育学系長などを歴任し、2017年に同研究科長・教育学部長に就任。2020年より現職。2021年に京都大学名誉教授の称号授与。専門は教育社会学。著書に『女学校と女学生―教養・たしなみ・モダン文化』(中公新書)、『教育文化の社会学』(放送大学教育振興会)ほか、編著多数。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。  

「大学は何のためにあるか」が問われる時代へ

――稲垣先生は2020​​年10月から京都大学で男女共同参画推進担当理事として、さまざまな改革を実行してこられました。教育の分野、特に大学におけるジェンダーギャップや女性活躍の現状について、率直にどうご覧になっていますか。

稲垣恭子氏(以下、稲垣):
日本のどの大学も、ジェンダーの問題を含めさまざまな課題にさらされており、新しい取り組みや改革を進めています。特に国立大学の、いわゆる難関校といわれる大学では、まず女性教員が少ないですし、女性学生の比率も高くありません。東京大学・京都大学ともに、女性学生比率は20%程度ですが、京都大学では、理学部・工学部などでは10%程度という状況です。私がダイバーシティ担当になった5年半前は、京都大学の女性教員比率が12%で、旧帝大の中で最下位でした。こうした状況に対する課題意識はかなり共有され、取り組みも進んできましたが、組織全体としてはまだ多くの課題があります。

また、ジェンダーギャップの問題は、単に数値上のバランスだけでなく、多様性をどうとらえ向き合っていくのかという大学の基本的な姿勢と結びついています。

世界標準から見ると、ジェンダーギャップが大きいことは、大学の姿勢やレピュテーション(信頼と評価)に関わる問題であり、大学としての生存戦略にも大きく関わります。

「大学は何のためにあるのか」「どういう学生を育てて送り出すのか」という問いが改めて問われる時期にきています。

――京都大学といえば「自由な学風」が特徴ですが、ジェンダーギャップに関する改革を進める難しさはありましたか。

稲垣:
京都大学では、「群れない」といわれるように、組織としてまとまるより個性を重視する文化があります。

そうした中で組織を変えていくには、個々の教職員、学生が認識を共有して本気で取り組むことが必要です。私は当初から、全ての部局を訪問して率直に議論してきました。熱意や本気度が伝わることも大切だと感じています。

そうした地道な対話の中で、特に理学部や工学部といった女性学生が少ない部局が積極的に動き出しています。

キャリア選択のフラグを立てる

――大胆な改革の象徴ともいえるのが、工学部・理学部で2026年度入試(2027年入学)から導入された「女性募集枠」ですね。

稲垣:
これは、高校での学修における特徴的な活動や成果を重視し、各学部・学科が独自に定める資質や意欲・志などを総合的に評価する「特色入試」という枠の中に「女性募集枠」を設けたものです。導入にあたっては学内でも意見の温度差があり、「なぜ女性だけ優遇するのか、公平原則に反するのではないか」という声も、もちろんありました。しかし、特色入試においても学力水準も含めて総合的に評価しています。

実際、多様な視点や志向が交差する環境があることは、発想や研究の幅や深さを高める上で重要です。女性枠の導入は単なるクオータ制ではありません。経験の違いによる視点の多様性を受け入れ、新しい世界を開いていく土壌となるものです。それは女性学生にとっても、自身の研究や将来のキャリアにチャレンジし切り拓いていく意欲に繋がるものだと思います。

――「女性募集枠」入試のほかにも、地方から入学する女性学生への家賃補助(30万円)も話題になりました。

稲垣:
理学部では、遠方からの進学などにより、自宅を離れて生活する女性学生に対して、初年度の家賃負担を軽減するために30万円程度を支給する「女性学生入学支援奨学金」を創設することにしています。この背景には、地方に根強く残るジェンダーバイアスがあります。

地方の女性学生が親や教師に進路を相談すると、「家から通えるところがいい」「浪人はダメ」と言われたり、「遠い大学の理学部や工学部より地元の医学部に」とアドバイスされたりすることが少なくないと聞きます。そうした女性学生に対する経済的・心理的なハードルを下げるひとつの手段になればと思います。

「地元が好き」で残るのであればそれもいい選択ですが、私は、大学時代に親元を離れ、それまでとは違う時空感で過ごすことは、人生において非常に価値があると考えています。  

男性の「ジェネレーションギャップ」を超える

――女性教員の支援でも、たくさんの制度があるそうですね。

稲垣:
女性教員への支援は現在21事業行っています。例えば、昇進のハードルに対する支援もその一つです。その一環として、本学では、准教授から教授への昇進に際して、実績や評価があってもポストに空きがない場合、大学からポストを流用できる制度を設けています。他にも、育児・介護休暇期間については、業績の評価期間から除外する制度などもあります。

こういった女性教員支援策を拡充させていく中で、男性の中の「ジェネレーションギャップ」という問題も浮上してきました。50代以上の男性教員と比べると、20〜30代の若手男性研究者は、育児も介護も平等に行うようになってきています。そうすると「同じように家事育児をやっているのに、なぜ女性だけ優遇されるのか」という声が当然出てきます。

それを受けて、育児・介護に携わる男性教員も業績評価の期間除外を適用できるようにしたり、研究補助者の支援を育児・介護を行う男性にも積極的に割り当てたりするなど、考慮しています。また、それが男性の家事・育児への参加を促すことに繋がればと思っています。

――性別を問わず、「男性も積極的に支援する」というのが、新しい視点ですね。これまで、こういった家族ケア支援は「女性を補助する」ケースが多かったですから。この取り組みは、どのような意図ですか。

稲垣:
社会的にまだ育児介護を担う男性が、女性より少ないからです。これもジェンダーギャップを解消しにくくしている要因の一つですよね。男性も育児介護に積極的に関われる環境を整え、こうしたギャップを社会的に解消するために、育児や介護を担う男性も支援することにし、徐々に応募も増えています。

大学が「本物の知」を提供し地域とつながる

――地方の女性学生が「地元から出られない」という話がありましたが、大学として学生向けの支援策のほかに、地域への働きかけなどはあるのでしょうか。

稲垣:
これは地方創生とも関わる大きな問題です。地域に若者が残らない、あるいは戻らない理由は、「仕事がない」ことが大きいですが、「文化」の問題も重要だと思っています。地方は「豊かな自然と触れ合える」「お米が美味しい」「祭りが楽しい」などをアピールしがちですが、それだけでは女性を地元に惹きつける十分な魅力になりづらい面もあります。女性から見れば、農業は重労働で休みがなく、祭りの主役は男性で女性は裏方でまかないを作っている。そうした役割分業のままでは、「戻っておいで」と言われても、なかなか響かないでしょう。

必要なのは、魅力的な仕事があり、子育てがしやすく、教育や文化的な刺激がある環境です。全国の各都道府県にある国立大学は、その一つの核となりえると思います。大学のリソースを地域社会に発信すると同時に、地域のリソースを活用した独自のモノや文化を世界に向けて発信する、そんな大胆なチャレンジの拠点になればと考えています。

そのためには、大学と地域が個別的な連携(「点」)をするだけではなく、それらが繋がって「線」や「面」となって、独自のストーリーを持った教育文化を創っていくことが理想です。例えば、美術館や博物館、図書館などが一緒になった複合的な文化施設があって、そこで大学の研究者や学生と市民や子どもが自然に交流できる、そしてその周りにはベンチやカフェがあるようなストリートを創る。大学が世代やジェンダーを超えて楽しめる教育文化をリードする。そんな役割をこれからの大学が担っていければ、という夢も持っています。

――そんな地域につながる大学のあり方を実践しているのが、京都大学内にある学童保育施設「KuSuKu(クスク)」ですね。

稲垣:
そのとおりです。研究者は土日や長期休みも研究活動や学会等の仕事があるため、朝9時から夜9時まで、土日祝日も含めて預かれ、子どもが思い切り楽しめるインクルーシブな空間にしました。

そこでは毎回、京都大学の教員や留学生、京都の伝統文化のリーダーの方などが担当する「アカデミックプログラム」や「体験プログラム」も提供しています。また、アルゲリッチ芸術振興財団と連携し、音楽と絵本の読み聞かせによるコンサート(ピノキオコンサート)を、時計台記念ホールで開催しており、とても人気です。  

――茶道、能、狂言など、本格的な文化プログラムが評判で、予約がすぐに埋まってしまうと聞きました。

稲垣:
ここで大事にしているのが、「子どもだから」といってハードルを下げず、研究者など大人たちが自分の専門分野の核となる学びを、情熱や面白さと一緒に伝えることです。ノーベル賞を受賞された北川進先生も京都市の小学校で、子どもたちに「なぜ学問への情熱を持ち続けられたのか」、その熱意を直接伝えています。大学にくる人を受け入れるだけでなく、こうした「本物の知」との出会いを、大学自らが積極的に地域や次世代に開いていくことが必要です。そういう出会いの場を提供することで、地域に性別を問わず若い世代が「ここにいたい」「戻ってきたい」と思える環境が広がればと思います。

企業と大学の連携で人材を循環

――大学が地域に開き、人の移動や出会いを作るように、企業もできることがありそうですね。

稲垣:
企業と大学の人材の循環と連携は大切です。日本では「大学=研究職」「企業=ビジネス」と分断されがちですが、もっと人材が循環できる仕組みが必要ではないでしょうか。企業が博士人材をもっと積極的に採用し、社会人も大学に戻ってそれまでの専門とは違う学位を取得して、新たなステップへ進むという道も開けます。特に女性の場合、ライフイベントでキャリアが中断することがあるので、それをマイナスと捉えずに、大学で新しい専門性を身につけてリスキリングし、ステップアップできる好機と考えてほしいですね。

そんなふうに大学を軸として、海外を含めた地域間の移動や企業との人材の交流など、社会全体の循環を促すことで、ウェルビーイングとキャリアの共創力を高め、多様で豊かな社会をつくることができるのだと思います。  

<インタビュー後記>

―人材の流動と交流が、多様な視点を、点から線、面へとつなげ、社会の多様性向上に―

大学、特に理系学部における女性枠の設置は、企業における女性管理職割合の目標化に比べて、より幅広い人々に「多様性とは何か」を考えるきっかけを与えるテーマといえるでしょう。今回のインタビューを通して得た新たな気づきは、女性枠設置の目的が、単なる女性学生の割合向上や学生数の確保にとどまらないということでした。地域に根付いた学問・文化の拠点として、大学が人の移動や交流を促すことで、研究・教育機関としてのレベルを高め、ひいては地域の魅力向上にも貢献する。稲垣氏が語ったのは、そうした視座に立った取り組みでした。また、世代間の違いに着目し、女性教員向けだった支援を、性別を問わない支援に進化させていることも、注目すべきダイバーシティ実装の形です。

第一弾インタビューで中林美恵子氏は、政治領域における構造的な課題を解決するためには、流動的な市民参画が重要であると指摘しました。今回の稲垣氏の取り組みは教育領域の話ですが、両者に共通するのは「人の動きを生み出すことが、多元的な視点の獲得につながる」という考え方です。個々の大学での実践(点)が、人材の流動を通じて地域との連携(線)になり、やがて社会全体へと広がっていく(面)。こうした発展のプロセスは、領域を問わず重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。  

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