「ジェンダーギャップからひも解く日本社会の多様性の課題」 政治分野からの視点:中林美恵子氏

2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。​​

その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。​​

今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺いました。​​

PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。​

中林 美恵子(なかばやし・みえこ)
政治学者/早稲田大学教授、(公財)東京財団理事長
大阪大学大学院国際公共政策研究科博士後期課程修了、博士(国際公共政策)。米国ワシントン州立大学大学院政治学部修士課程修了、修士(政治学)。米国在住時に永住権を得て、1992年から約10年にわたり、アメリカ連邦議会・上院予算委員会で公務員として国家予算の編成に携わる。2002年帰国。独立行政法人・経済産業研究所研究員、跡見学園女子大学准教授、米ジョンズ・ホプキンス大学客員スカラー、中国人民大学招聘教授、衆議院議員(2009年~2012年)などを経て、2013年、早稲田大学留学センター准教授。2017年より同大学社会科学部および留学センター教授。2025年、東京財団理事長。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。本文中敬称略。

「かかあ天下」にすり替えられる真の不平等

――今年6月に発表されたジェンダーギャップ指数、日本は118位という結果でした。この数字をどう受け止めていますか。

中林美恵子氏(以下、中林)
2025年の日本のジェンダーギャップ指数は、世界147カ国中118位でした。これは昨年に続く低迷で、先進国としては極めて深刻な状況です。ただし、この数字にはとても興味深い日本の本質的問題が現れています。日本のジェンダーギャップを分野別に分析すると、「健康」と「教育」の分野では世界トップクラスです。女性の基礎的な権利や学習機会における男女平等は、相当な進歩を遂げているんですね。問題は「政治参画」と「経済活動」の分野が圧倒的に足を引っ張っていることです。

こうした数字が発表されると、上の世代の男性からは「日本ほど家庭で女性が主導権を握っている国はない」という主張をよく聞きます。家計管理を女性が担っていることや、家庭内での女性の発言力の強さを根拠としているわけですね。確かに日本の多くの家庭では、古くから女性が家計管理を担っているかもしれません。しかし、この「かかあ天下」論は本質的な問題をすり替えてしまっています。家庭内での役割分担と、社会全体での意思決定への参画は、まったく別次元。家計管理を任されることと、企業の重要な意思決定に参画することや、政治的な権力を持つことは根本的に異なります。ジェンダーギャップ指数上位の国でも「妻に頭が上がらない」と言う男性はたくさんいます。世界経済フォーラムの調査は、まさにこうした主観的な印象ではなく、客観的で比較可能な指標に基づいて各国の状況を評価している点で価値があります。

――男女の役割分担に関して、世代間で意識の違いはあると感じていますか。

中林:
既にリーダー層である40代以上の男性の多くは、依然として「男性の役割」と「女性の役割」という固定的な概念に縛られている傾向が強いですね。一方で、20代から30代の若い世代では、こうした性別役割分担の概念が大幅に薄れています。彼らにとって、何が男性の仕事で何が女性の仕事かという区別はありません。この変化は、教育や社会環境の変化、国際的な価値観の浸透などが複合的に作用した結果と言えるでしょう。ただし、この世代間の意識変化が即座に社会構造の変革につながるわけではないんですね。現在の意思決定層は依然として従来型の価値観を持つ世代が占めており、若い世代が実際の権力を握るまでには、まだまだ時間がかかるからです。

権力闘争としての政治と外部圧力の重要性

――ビジネス界と政治界では、女性登用の進め方に違いがあるのでしょうか。

中林:
まったく異なるメカニズムが働いています。ビジネス界では、企業の最終的な評価基準は利益の創出と、株主への説明責任です。こうした明確な成果指標があるため、性別に関係なく“結果を出せる人材”を積極的に登用できる環境にあります。それなのに、ビジネス界でいまだに女性リーダーが少ないのは、長期間にわたって女性のキャリア形成を軽視してきた結果です。

各企業にはその企業なりに求めるリーダー像があり、それに合うスキルや知識、経験などを考慮して、適切な女性を登用したいと考えています。けれど、これまで女性をきちんと育成してこなかったツケが、絶対的な“なり手不足”につながっています。企業リーダーたちは、あらゆる競争環境の中での生き残りをかけて、この問題を解決しなければならないとわかっているものの、一朝一夕には実現できない現実にジレンマを抱えているのです。

一方、政治の世界は、ビジネス界とは根本的に異なるメンタリティで動いています。政治家にとってもっとも重要なのは選挙での勝利であり、その後は自身の政治的権力の維持・拡大です。政党や政治家は、この目的のために必ずしも優秀な人材を求めているわけではありません。むしろ、票を集められる人材や、既存の権力構造に従順な人材のほうを重宝する場合が多いのです。

政治において女性が登用される典型的なパターンは、大きく二つに分類できます。一つは、知名度を生かして票を集められるタレントやスポーツ選手などの著名人。もう一つは、男性政治家の意向に従順で、その代弁者としての役割を果たしてくれる人材です。どちらのケースも、女性自身の政治的能力や政策立案能力よりも、既存の権力構造の中で役に立つかどうかが重視されてきたのです。

政治の本質は権力闘争ですから、この点を理解せずに政治におけるジェンダー平等を論じることはできません。古代、生死をかけて行われていた権力争いが、現代では選挙という平和的手段に置き換えられたとはいえ、その根本的な性質は変わっていないからです。

権力闘争の場で、女性がどのような位置を占めるかは、主に外部からの圧力によって決定されると思います。選挙での有権者の判断、メディアの報道、世論調査の結果、そして、世界経済フォーラムのような国際的な評価機関による格付けなどが、世の中の意識レベルを変える大きな要因になります。政界内部からの自発的な変化は期待できません。なぜなら、既存の権力構造の受益者である男性政治家には、その構造を変えようとする強いインセンティブ(動機)は存在しないのですから。変化が起こるとすれば、それは外部圧力によって「現状維持よりも変革を」となった時なのです。

ただし、「ニワトリか卵か」ではありませんが、女性議員比率が一定の基準値を超えれば、内部からの変化の可能性も生まれるでしょう。一般的に、組織内で少数派が影響力を持つためには全体の30%程度の比率が必要とされています。この水準に達すれば、女性議員が単独ではなく集団として行動し、政策決定に実質的な影響を与えることが可能になります。

――日本の女性議員比率の現状はどうなっているのでしょうか。

中林:
現在の日本の国会における女性議員の比率は、衆議院で15.7%、参議院で25.4%。両院全体では約19%を占めています1。私が当選した2009年頃には10%程度でしたから、女性議員比率が、約15年間で倍近くまで上昇したことは注目に値しますよね。

ユニバーサルな研究では、政治的変動期には女性候補者の登用が拡大するといわれています。既存の政治勢力が安定している時期には、現職男性議員が選挙区を占有しているため、新たに女性候補者を擁立するのは難しいのですが、政治的混乱が起きると、民意が女性を求める傾向にあるからです。また、チャレンジングな新政党などでは、元々空席がありますから、女性候補者を擁立する機会が増加します。変革の時は、女性候補にとってはチャンスなのです。

1:取材時の2025年7月14日時点。

――日本の政治における女性参画については、どのような課題があると感じていますか。

中林:
世界平均の女性議員比率が27%、G7諸国の平均が30%ですから、日本も着実に世界水準に向かっています。しかし、数値だけを目的にしてはいけません。重要なのは、女性の声が立法や予算編成に適切に反映されることであり、数値はそのための道具にすぎませんから。

女性の声を反映させるには、単に女性の数を増やすだけでは不十分です。男性の言いなりになったり、既存権力に迎合したりする女性議員が増えても、真の変革は期待できません。現状の女性議員の中には、その資質や能力に疑問を感じる人も少なくありません。最近は、権力に迎合することなく、自らの信念に基づいて発言し行動する、新しいタイプの女性政治家も増えています。男性議員からは「扱いにくい」とされがちな、こうした信念のある女性が国会に一定数存在することで、政治の風景は変わり始めるのです。

重要なのは、有権者がこうした女性政治家を適切に評価し、支持すること。単に女性議員の数を増やすだけでなく、実質的な政治的影響力を持つ女性政治家を、中からも外からも育成し増やしていくことが必要です。

――日本では、国政よりも地方自治体の首長選挙でビジネス経験を積んだ女性が当選するケースが増えています。

中林:
東京都の武蔵野市や、品川区長など、民間企業での実績を持つ女性リーダーが登場してきましたよね2。地方自治体の首長は、有権者と直接向き合い、選ばれた任期中は一国一城の主として政策を推進できます。派閥政治や男性中心の権力構造に左右されにくく、自らの信念に基づいた政治を展開することが可能です。

2:武蔵野市は2017~2023年、品川区では2022年~現職。

東京都の小池百合子知事の例も示唆に富んでいると思います。たとえば、女性の子育て支援などの政策を打ち出すことが選挙戦略の一環だとしても、結果的に女性の生活が改善されれば意味があります。政治家は本来、さまざまな利益団体や有権者の「道具」としての側面を持っています。女性政治家が女性の利益実現を代表する“道具”として機能することは自然なことなのですから。

海外から学ぶ制度化の教訓と世論の力

――海外の事例から学べることはありますか。

中林:
欧州諸国で取り入れたクォータ制は、まず数字を道具にして女性議員数を増やし、その後、政治の質的な変化をもたらしました。韓国でもクォータ制を導入し、女性議員は増加しましたが、儒教的価値観が根強く、男女の役割分担に対する意識は依然として保守的。欧州とは違い、数値の改善が必ずしも社会全体の変化に直結するわけではないというエビデンスになってしまいましたが、数が少ないよりは断然いいでしょう。

一方、アメリカは異なるアプローチを取っており、社会全体の意識変化が女性議員の増加を後押ししています。かつて最高裁判事指名候補のセクハラ問題を審議する際、司法委員会の議員全員が男性という状況があり、そこでさまざまな気付きがありました。「これではだめだ」と女性を中心に世論が高まり、選挙で一気に女性議員が多数当選したのが1992年。これが、アメリカで1992年は「女性の年」といわれる所以です。その後も、さまざまな出来事があるたびに、女性の政治参画が促進されています。

興味深いのは、アメリカでは男性自身が変化の担い手となっていること。「自分の娘が男性中心の社会で不利益を被るなんて許せない」と考える父親たちが、企業や政治の世界で女性の活躍を後押ししているのです。雇用の流動性が高いアメリカでは、ビジネスでも優秀な女性が実力を発揮しやすい環境が整っており、その結果として、政治の世界にも信念のある有能な女性が多く参入しています。男性にすり寄る「ブラウンノーズ(鼻こすり)」のような人もあまりいませんし、タレントなどからの参画も日本ほど見られません。

政治参画は特別ではなく責務と捉える

――中林先生は、日米両国で政治を経験されていますが、どのような感想を持っていますか。

中林:
私は、アメリカの予算編成という政治のもっともドロドロした現場で10年間働き、その後、日本の国会議員も3年務めました。経験から見えてくるのは、政治の世界の理不尽さと有象無象の実態です。

この経験から思うのは、全国民が順番で国会議員を経験すべきだということです。政界に入らないと見えてこない疑問や課題があるためです。例えば参議院では、その一部に裁判員制度のような抽選で選ばれた国民が1年から3年程度の任期で国会議員を務めても良いと思っています。「本気ですか?」と思う人もいるかもしれませんが、現在の国会議員の中には、失業中の人や、ほかの仕事に就けないからと立候補し、政党の追い風で当選した人も少なくありません。そうした現実を考えれば、一般国民でも十分に務まるはずです。国会には衆議院事務局や参議院事務局という専門的なサポート体制が整っています。議員がスムーズに活動できる仕組みが既に存在しており、新人議員はみな同じスタートラインに立ちます。特別な能力や経験が必要な職業ではありません。

――それは、新たなアクション提言でもありますね。

中林:
順番制を採用するしっかりとガバナンスの効いた政党が登場すれば、より多くの人が政治を経験できるようになります。能力のある人は継続し、そうでない人は1期で交代するという柔軟な仕組みが理想的だと考えています。

女性にとっては、選挙で家族を巻き込むことへの懸念も大きな障壁となるでしょう。しかし、短期間の経験として捉えれば、この心理的負担も軽減されます。重要なのは、政治参画を特別なものと考えず、市民・国民としての当然の責務として捉えることだと考えています。

多くの人が政治参画を躊躇する理由の一つは、一度当選したら継続当選しなければならないという固定観念です。しかし、1回の経験でも十分に価値があり、たとえ落選しても恥ずかしいことではありません。むしろ、その経験は100万ドルの価値があると言えるほど貴重なものですから。

自ら政治の世界に近づくことで起こる変革

――女性の政治参画が進むことで、社会はどう変わると考えますか。

中林:
もっとも大きな変化は予算編成の在り方です。女性は家計を管理する経験から、財政に対してよりシビアな視点を持っています。男性的な「ロマン」よりも現実的な判断を重視する傾向があります。将来世代への責任を考えた予算編成や社会保障制度の持続可能性など、女性の視点が加わることで政策の質は向上するはずです。現在の国会議員の多くは、長期間政治の世界にいることで権力闘争に明け暮れている面がありますので。

――政治参画のために、まず何から始められるでしょうか。

中林:
企業で働く女性には、より高いポジションを目指すことを勧めたいですね。社長を狙うほどの野心を持ち、ビジネス界での昇進を目指すことが、最終的には政治参画にもつながります。失敗を恐れる必要はありません。政治参画は特別なことではなく、むしろ、民主主義社会に生きる市民としての当然の権利であり責務です。政界に入ってこそ見えてくる「何だ、この問題は?」を国民全員が経験すれば、心から「国を、政治を変えなきゃいけない」という認識が生まれるはずです。この認識の転換こそが、本当の政治改革、ジェンダー平等実現への第一歩となるでしょう。

<インタビュー後記>

―多様な市民による流動的な政治参加が、政治の構造的な課題や質の改善につながる―

本来、市民の資源を管理し利害を調整・統合すべき政治の世界において、票を集めなければならないという政治家に課されたミッションの特性上、政治的権力の維持・拡大のための権力闘争が優先されざるを得ない状況が構造化していることが見て取れます。先送りにされてきた課題への対処や、見過ごされてきた層の利益実現のためには、既存の権力構造を脱し、多様な市民の声を反映する政治家と、その輩出を支える社会の変容が待ったなしに問われていると言えるでしょう。政治家を輩出する側として、私たち市民も自らの行動を考えさせられます。

多様な民意を政治に反映させる手段として、中林氏から提案された「市民の参画」は斬新なアイデアです。硬直した政治パーティーに閉じず、さまざまな市民が流動的に関わり続けることで、真に生活者の声を反映する「政策立案力」を備えた政治へと変容していき、権力闘争は無くならずとも、より健全な姿になることが期待されます。今ある課題を理解し、必要な利益を深く理解している者こそが最も上流から関わっていくという点は、政治だけでなく、その他の領域においても取り入れたい考え方であり、社会の多様化が目指すべき姿の一つといえるかもしれません。

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