「ダイバーシティを社会に実装する」企業成長からの視点:Amber Pitty氏

2030年までに女性管理職の割合を30%に――定量的な目標を据えてもなお、日本のジェンダーギャップ指数は148カ国中118位、G7の中では最下位(2025年時点)と、低迷しています。​​

その要因は決して単純なものではありません。企業や産業という領域を超えてさまざまな要素が影響しあっており、その関係性が複雑だからこそ、根本的な原因が追究されることなく、今に至っていると考えられないでしょうか。​​

今回のインタビューシリーズは、社会にあるジェンダーダイバーシティの阻害要因を見出し、その結びつきをあぶりだすことを目的に、ジェンダーギャップ指数の分析領域である「教育」「経済」「政治」「健康」の専門家にお話を伺いました。​​ダイバーシティの中でも特に大きな「ジェンダー」という領域から得られる示唆は、組織や社会における、性別に限らない多様性の実現にも不可欠なものとなるはずです。

PwCの戦略コンサルティングサービスを担うStrategy&は「Women in Action」を通して、日本における組織マネジメントの多様化への貢献を目的に10年以上にわたり活動を続けてきました。この連載が、社会を担う現役世代にとって、未来に課題を先送りせず、今できることは何かを考えるきっかけになれば幸いです。​

Amber Pitty(アンバー・ピティ)

イケア・ジャパン株式会社 Country People&Cultureマネジャー。オーストラリアの小売業界で20年以上の経験を持ち、特にリーダーシップとピープルマネジメントに強みを発揮。2015年にイケア・オーストラリアに入社後、People&Cultureやビジネス変革の領域で複数のシニアポジションを歴任し、大規模な変革プロジェクトや組織能力向上に貢献してきた。2025年から現職。「人」と「ビジネス」の統合に取り組み、コワーカー(従業員)が成長し、成果を発揮しながら自らの可能性を最大限に伸ばせる職場文化の実現を目指している。

※法人名・役職などは掲載当時のものです。本文中敬称略。  

People&Culture:「人を管理する」から「文化をつくる」へ

――Amberさんは、オーストラリアのイケアでの勤務を経て、日本のPeople&Culture(以下、ピープル&カルチャー)部門のカントリーマネジャーに就任されました。ピープル&カルチャーというのは珍しい部門名ですが、従来の人事分野との違い、そして役割を教えてください。

Amber Pitty(以下、Amber):
2020年にイケアは、人事部門をヒューマンリソース(HR)からピープル&カルチャーへと移行しました。これは、人を“リソース(資源)として管理する”のではなく、企業文化をつくり、リーダーシップや能力・スキル開発などを通じて、“人として成長していけるように共に取り組んでいく”姿勢への移行です。イケアのビジョンは、「より快適な毎日を、より多くの方々に」です。これはお客様だけでなく、イケアで働く従業員一人ひとりに対しても同じなのです。ビジネスだけでなく、人と一体で進める——その考え方を土台にしています。

イケア・ジャパンには、店舗、カスタマーサポートセンター、本社などの拠点があり、それぞれにピープル&カルチャーチームが配置されています。各チームには、マネジャー、ジェネラリストといった役割があります。​またIngkaグループ(イケア・ジャパンの親会社、本社:スウェーデン)にもピープル&カルチャー部門があり、イケア全体のED&I(Equality, Diversity and Inclusion:公平性、多様性、包括性)やリーダーシップなどの方針決定や推進を担当しています。  

――オーストラリアでも同部門で長くご経験があるということですが、日本に来ていかがでしょうか。

Amber:
イケア・ジャパンのピープル&カルチャー部門のカントリーマネジャーとして昨年就任し、日本に来て8カ月です。オーストラリアで小売業界を長く経験し、イケアでも変革プロジェクトやピープル&カルチャーの分野に携わってきました。私にとって、全く異なる文化の中で働く機会は、ピープル&カルチャー部門の担当としても非常に重要な機会であり、マネジメント能力やコミュニケーション力をさらに成長させられる経験になると期待し、自ら手を挙げて日本に来ました。

イケアはグローバル企業として、世界63カ国でビジネスを展開し、どの国に異動をしても共通のカルチャーの中で働き続けられることが強みです。国による文化の違いへの適応はもちろん必要だと感じていますが、イケア・ジャパンに加わった時、オーストラリアと同じイケアのカルチャーが息づいており、すぐに“家”や“家族”のような感覚を得られ、安心して過ごせています。

マネジャー職男女比率に加えて重要な、自律的なキャリアを築く文化と仕組み

――イケア・ジャパンのED&Iの現場をさらに詳しく教えてください。マネジャー職の男女比率は、ずいぶん前に50:50を達成していると伺いました。

Amber:
ED&Iは、私たちの強みの一つだと考えています。イケア・ジャパンでは、2017年にマネジャー職男女比率50:50を達成しました。その後、変動したこともありますが、現在は、マネジャー職における女性比率は52.3%です(2026年1月時点)。

イケアには「Leadership by All(全員によるリーダーシップ)」というコンセプトがあり、全員がリーダーシップを担えるように成長していける環境が整っています。マネジャー職だけがリーダーではない、全ての人の成長が、ビジネスの成長にもつながるという私たちの考え方が反映されたものです。私たちは、従業員のことを「スタッフ」や「ワーカー」ではなく、「コワーカー(co-worker)」と呼びます。「共に働く仲間」と捉えていることを明確にするための呼び方で、一つの言葉にも企業文化を込めています。

――イケアでは、人材育成において「We believe in people(人を信じる)」「Be yourself(自分らしく)」「Equal opportunity(平等な機会)」の3つを掲げています。コワーカー本人の意思を尊重することと、ビジネスとして成果を出すことに距離があるように思うのですが、イケアではどのように考えていますか。

Amber:
「We believe in people」とあるように、イケアは人を信じています。人に投資し、スキル向上やリスキリングの機会を提供し続ければ、人が成長し、イケアで働き続け、ビジネスの成果につながると確信しているのです。幸せなコワーカーがいるからこそ、幸せなお客様が生まれる。私たちにとって、人への投資はビジネスと成果に直結する投資なのです。

イケアでは「自分のキャリアの“運転席”にいるのは自分」という考え方を前提に、自分の成長に責任を持って、キャリアを考えるように促しています。私も活用したように、異動は基本、「Open IKEA」と呼ばれる社内公募制になっています。トップダウンの異動命令ではなく、部門や国内外への異動も含め、自分のライフステージとモチベーションに合わせてチャレンジできる制度です。コワーカー本人が自分自身でやりたいことに挑戦するため、昇格・降格という考え方もしません。

イケアのキャリアには「ジャングルジム(jungle gym)型」と呼ばれるあらゆる方向への成長の機会があり、ただはしごのように役職を昇格・降格するのではなく、横や斜めに動いてもいいのです。仕事や領域をまたいで、自分なりの道筋を描いていくことができます。それぞれユニークな経験をもつコワーカーは、私たちのビジネスの成長に大きく貢献してくれています。

――キャリア目標を設定しても実現までのルートが見えないとモチベーションが続かないケースもありそうです。実現に向けたサポート体制はあるのでしょうか。

Amber:
もちろん本人だけに任せきりではありません。挑戦したい仕事、ポジション、働き方にはどんなスキルや経験が必要なのか、ラインマネジャーが本人と対話し、デベロップメントプランに落とし込みます。毎年育成目標を設定し、それに合わせた適切な学習パッケージを組み、進めていくような仕組みです。

研修や学習機会としては、例えば、グローバルで共通して学ぶことができる社内学習プラットフォーム「My Learning」があります。ここでは、イケアのカルチャーやバリュー、職務に必要な知識やスキルを学ぶことができます。各部門(セールス、フード、ロジスティクス、カスタマーリレーションズなど)に特化したラーニングプログラムもあり、別の部門へのチャレンジを目指す人の学習にも活用できます。

制度と文化は両輪であり、どちらか一方では成立しません。このような充実した支援制度と、「Leadership by All」に基づく文化の両方が私たちの成長を支えています。

――年功序列やメンバーシップ型の組織が多い日本では、「自分で手を挙げる」ことに控えめな社員もいるかと思います。こういった日本独特の文化を超えるために、工夫していることがあれば、教えてください。

Amber:
私たちは、上下関係やより伝統的な働き方が影響するような状況においては、誰もがすぐに自ら手を挙げるとは限らないことを理解しています。だからこそ、私たちは本人の意思だけに頼ることはできません。コワーカーが安心し、自身が気にかけてもらえていると感じ、次のステップに進むよう背中を押されるような環境をつくることがリーダーには求められています。

イケアでは、オープンな対話、成長のための対話、そしてリーダーが早い段階でポテンシャルを見つけることをとても大切にしています。私たちは機会を“見える化”し、自分から手を挙げにくいコワーカーにも積極的に声をかけています。これは、コワーカーが成長し、貢献し、自分らしくいられる場や機会をつくるという イケアのピープル理念とも深くつながっています。

信頼、明確さ、そして後押しがあることで、より多くの社員が自信をもって前に踏み出せるようになると感じています。  

働き方も本人の希望に応じて決められるように 

――キャリアを築くということでは、イケアではアルバイトやパートだった契約社員も正社員化したと伺いました。勤務時間について、正社員としての選択肢があるのですか。

Amber:
イケア・ジャパンでは、2014年9月から同一労働同一賃金の考え方に基づき、「短時間正社員」制度を導入しました。結果的に、学生や短期契約社員などの一部を除いて、コワーカーの全員が正社員になりました。個人のライフステージや希望に合わせて、週12〜39時間勤務、週25~38時間勤務の短時間正社員と、週40時間のフルタイム正社員という働き方があります。

――多様な働き方ができることは、多様な人材の活躍につながりそうですね。人材の多様性確保という観点で、採用時に工夫していることはありますか。

Amber:
イケアでは、採用においては、多様な人材が成功できる、公平でインクルーシブなプロセスづくりに取り組んでいます。能力だけでなく、価値観に基づくリーダーシップや、イケアのカルチャーへの強い共感も重視しています。これにより、従来の「典型的な候補者像」にとらわれず、ポテンシャルやマインドセット、そしてその候補者がインクルーシブな環境づくりにどう貢献するかに焦点を当てることができます。

また、公平な意思決定を支え、バイアスを減らすために、構造化された評価方法や明確な基準を活用しています。ブラインド採用のようなアプローチが有効な場合もありますが、私たちは、持続的なインパクトを生み出すのは、日々の一貫した意識的な採用の実践と、多様なチームづくりに責任を持つリーダーだと考えています。

私たちにとってダイバーシティとは、誰を採用するかだけではなく、多様な人材が「ここに居場所がある」と感じ、成長し、活躍できる場をつくることそのものなのです。  

平等は、家から始まる。暮らしにおけるジェンダーの偏りを産官学で改善 

――マネジャー職男女比率50:50も達成し、多様で公平に働ける環境もつくりました。次なる日本での課題や、指針を教えてください。

Amber:
イケアはグローバルカンパニーとはいえ、日本にある企業としての共通課題の認識も持っています。家での暮らしに関わる企業として「平等・公平は家から始まる」と考え、日本で暮らす一人一人が健康で、自分らしく輝き、幸せを感じられる家を作るために、2024年に「Life at Home 2050」というプロジェクトをスタートしました。

グローバルで行った調査(Life at Home Report2023)によると、家庭内の家事負担が、日本は圧倒的に女性にのしかかっていることが分かっています(図表1)。家での暮らしのあり方は、職場や社会と切り離して考えることができません。研究機関や大学、他の企業など産官学と連携し、お客様やステークホルダーとも協働し、2050年をゴールに見据えて、大事な場所である“家”での平等を目指していきます。イケアが2010年に制定した「やっぱり家の日」(8月1日)には​、これまで賛同企業やスウェーデン大使館とともにワークショップやイベントを開いたり、啓蒙のための絵本やカードゲームを制作したりしてきました。

図表1:家事の負担におけるジェンダーギャップ(日本とグローバル平均の比較)  

図表1: 家事の負担におけるジェンダーギャップ(日本とグローバル平均の比較)

ダイバーシティや柔軟な働き方など先進的な取り組みがあることが、私たちの強みです。家事や子育ての家庭内の役割分担の平等など、私たちはジェンダーに関わらず誰もが主導できる柔軟な選択ができる社会にすることに情熱を持っています。これは家庭だけでも、一社だけでも達成できませんが、ダイバーシティ先進企業のイケアだからこそ日本企業を巻き込んで、一緒に変えていきたいと思います。常に境界を広げながら、より快適な毎日を、お客様にもコワーカーにも、日本の家庭にも届けていきたいと思います。

<インタビュー後記>

―自律を引き出す文化と制度で、従業員の幸福をビジネスのドライバーに―

ダイバーシティ先進国であるスウェーデン発祥のイケア・ジャパンの事例は、日本企業にとっては「自分たちとは違う」ものとしてとらえられてしまうかもしれません。しかし、その活動の中身は「企業文化の構築と定着」「人材育成体制の構築」など、多くの日本企業が取り組んでいるものと重なります。では何が違いを生んでいるのか――それは、制度と文化の"両輪"を徹底して回し続け、一人一人の自律性を引き出している点にあると考えます。

例えば社内公募制「Open IKEA」は、自分のキャリアの"運転席"に自分が座るための制度です。そしてその制度が機能する土壌となっているのが、「Leadership by All」――すなわち、リーダーシップは特定の誰かではなく全員が発揮するものだという企業文化です。さらにイケア・ジャパンでは、この文化を醸成し維持するための具体的な施策――部門を超えて学べる開かれた学習プラットフォームの提供、対話を前提としたチームマネジメント、能力に加えて価値観や文化への共感も重視する採用活動――が一貫して組織内に実装されています。制度と文化、そしてそれを裏打ちする施策が三位一体で整っているからこそ、従業員一人一人の自律が引き出されているのです。

第一弾のインタビューで前野隆司氏とマドカ氏は、新しいことにチャレンジする意欲、共同体の意識、多様性と個性を認め合う環境は幸福度を高め、幸福度はさまざまな経営指標の向上につながると指摘しました。イケア・ジャパンの取り組みが引き出す「自律」は、まさに従業員の「幸せ」を高める原動力であり、従業員の幸せが顧客の幸せに、ひいてはビジネスの成長へとつながっていく――「We believe in people」を人材育成の指針に掲げるイケアの実践は、その好循環を体現していると言えるでしょう。日本企業にとって、社員の自律を引き出す「文化」をどう育てるか、それをどうビジネス成長につなげるかという問いは、大きな示唆を含んでいるのではないでしょうか。  

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? '結果' : '結果'}}
{{contentList.loadingText}}
Follow us