クラウドのエッジを見据えて

The Edge of the Cloud

Jens Niebuhr|Strategy& ドイツ パートナー

エッジコンピューティングが徐々に普及しつつあります。通信事業者は、クラウドインフラ市場の次のステージでの勝負にチャレンジすべきです。

クラウドインフラおよびデータセンター(DC)市場は、2桁の成長率で飛び抜けたパフォーマンスを達成し続けています。この市場の有力企業は、EBITDAの20倍以上のバリュエーションを享受しており、通信事業者のそれを大きく上回っています。当初、通信事業者はこの市場に大きな野心を抱いていました。しかし、競争力をつけるために必要な規模と設備投資の大きさに、AT&T、Verizon、Lumen、Telecom Italiaなどの通信事業者は、ここ数年で野心を失いました。クラウドDC市場から完全に撤退した企業さえあります。今や通信事業者は、自分たちには手の届かないビジネスエコシステムでマネタイズされるデータを運ぶための、コモディティ化したパイプを提供している立場です。しかしながら、エッジコンピューティングが台頭することで、通信事業者に形勢が有利に傾く可能性が出てきました。

The Linux Foundationは、エッジコンピューティングの定義を「アプリケーションとサービスのパフォーマンス、運用コスト、信頼性を改善するために、ネットワークの論理的な末端にコンピューティング機能を提供すること」としています。このように定義が広いため、エッジコンピューティング実装の選択肢も、スペクトルのように連続した一定範囲にまたがります。図表1は、デバイスとDCの特性を含めて、エッジコンピューティングからクラウドコンピューティングまでの連続性を整理したものです。

図表1 エッジコンピューティングの類型

エッジコンピューティングは、通信事業者がクラウドDC市場に再参入し、成長する市場から利益を得る機会をもたらします。市場調査会社は、クラウドビジネスの成長率が年15%を超えると予測しています。エッジ・クラウド・サービスの場合、当初の成長は鈍いものの、CAGR(年平均成長率)はさらに高くなります(例えば、Allied Market Researchは、2020~2025年のエッジ・クラウド・サービスのCAGRを33%と予測しています)。

通信事業者が成功するには、現在のクラウドDC有力企業、例えば、Equinix、Digital Realtyといったクラウドハイパースケーラー企業に勝る強みを最大限に利用する必要があります。通信事業者は、ネットワークのエッジ(末端)に高度に分散されたコンピューティングインフラを構築するために必要なケイパビリティと資産をすでに所有しています。自社の無線基地局や交換局にエッジIT機器を導入すれば、その機器を自社の技術力や管理能力を生かして効率的に運用・保守することができるのです。

通信事業者の経営陣は、5G無線アクセスネットワーク技術への投資に力を入れているものの、エッジコンピューティングについてはあまり確信が持てないようです。しかし、エッジコンピューティングで5Gの投資リターンが大幅に高まるだろうと私たちは考えています。なぜなら、エッジコンピューティングにおける魅力的な収益化スキームは、レイテンシ(遅延時間)やスループット(処理能力)を保証可能にするネットワークスライシング(ネットワークを用途に応じて仮想的に分割する機能)のような5G機能があってこそ成立するからです。5G機能を用いたエッジコンピューティングによって、ハイパフォーマンスかつミッションクリティカルなユースケースの需要を掘り起こすことができれば、大きな収益が見込まれます。

エッジコンピューティングの需要を生み出すレイテンシ、データグラビティ、レジリエンス、柔軟性

エッジコンピューティングの初期のユースケースとしては、B to Bセグメントのリアルタイム映像分析、コンシューマーセグメントの高性能クラウドゲーミングなどがあります。このようなユースケースでは、モバイルエンドデバイスにシンプルな軽量設計が求められており、負荷の重いタスクを処理するためには、エンドデバイスの近くに強力なコンピューティングリソースが必要になります。引き込まれるようなビジュアルシーンやリアルタイムでのインサイトを提供するために、ローカルで生成されコンテキスト化されるデータを超高速で処理しなければなりません。大量のデータをネットワーク経由で伝送し、中央のハイパースケールDCに到達するまでには、50~100ミリ秒を要しますが、これでは遅いのです。

これらのユースケースでも、エッジコンピューティング・アーキテクチャを適用すれば、クラウドサービスの強みである弾力性と柔軟性を享受できます。エンドデバイスが規定の経路上を移動するのか、自由移動するのか、分散したセンサーアクチュエーター群を統合制御する必要があるのか、などユースケースに共通する必要要件に着目することによって、適用すべきアーキテクチャを類型化することが可能です。図表2でエッジコンピューティング・アーキテクチャの類型をまとめています。この類型自体は、ユースケースの個々の成熟度やビジネス機会の大小には影響されません。

図表2 エッジコンピューティング・アーキテクチャの類型と必要要件(1/2)

エッジコンピューティングDCは通信事業者ネットワークのさまざまなポイントに配置できる――コストとユースケース実現性のトレードオフ

コンピューティングとストレージのための分散リソースは、エッジコンピューティングDCに収容されます。コンピューティングとストレージのリソースを、大規模なインターネットエクスチェンジ(相互接続点)に近接したティア1の中央DCから、ティア2やティア3の地域DCへと移行する傾向が続いています。エンドデバイスにさらに近づけるために、コストがメリットを超えない限り、この傾向は続くと私たちは予想しています。図表3は、通信事業者がネットワーク上に配置可能と想定されるエッジコンピューティングDCの立地オプションを示しています。

コンピューティングリソースとストレージリソースの分散化を進めれば進めるほど、初期投資と運用コストが著しく増加していくのは明らかです。通信事業者は、ネットワーク機器の設置と保守に常に多額の投資を行っているため、この相関を熟知しています。それに対して、ハイパースケールのクラウドプロバイダーや大規模コロケーションのプロバイダーは、このような規模での分散資産を導入し管理する自信をまだ持てていません。

図表3 エッジコンピューティングDCの立地オプション:通信事業者の選択肢

通信事業者中立のハイパースケーラー企業のエッジと、クラウド中立の通信事業者のエッジは共存する

ハイパースケールのクラウドプロバイダーは、すでに一部のリソースを地域DCに配置し始めました。同時に、パートナーシップを結んだ通信事業者のネットワークインフラに配置するためのソリューションの提供も開始しています。

にもかかわらず、通信事業者は、エッジコンピューティングの事業機会を独力で取りにいける有利な立場にあります。ハイパースケーラー企業は、最先端の技術アーキテクチャと強力なIaaS(インフラストラクチャー・アズ・ア・サービス)・PaaS(プラットフォーム・アズ・ア・サービス)・SaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)のソリューションポートフォリオを、エッジコンピューティングのエコシステムにもたらします。しかし、ハイパースケーラー企業の取り組みの結果、どのような事業が創出されるかは未知数です。多くのユースケースが5G接続と収益化が期待されている機能(特定の契約回線にサービスの質を保証するネットワークスライシング機能など)に強く依存しているため、通信事業者は顧客に通信ネットワーク接続と、エッジコンピューティングを組み合わせた契約を提供するのに絶好のポジションにいるのです。

通信事業者独自のエッジコンピューティングサービスは、ネットワークサービスと密に連携していなければなりません。通信事業者(と技術パートナー)がコントロールする独立したアーキテクチャを基盤にできれば、なお理想的です。さらに言えば、テクノロジー企業とのパートナーシップによって助走期間を短縮し、この成長市場に早期に参入することが可能になります。

通信事業者は、エッジコンピューティングDCの立地オプションのうち、コアネットワーク、アクセスネットワークに有する既存の不動産資産を活用すべきです。エッジコンピューティングのプロバイダーにコロケーションサイトを提供する場合も同じことが言えます。追加の機器をホストするためには、既存の不動産資産の多くを再設計する必要はありますが、それでもエッジコンピューティング競争で圧倒的に有利なスタートを切れます。

通信事業者に必要なのは、事業モデルの選択、サービス提供ケイパビリティの獲得、新しいパートナーシップの確立

エッジコンピューティングのエコシステムにおいて、通信事業者の事業モデルにも選択肢があります。サービス提供範囲に応じて、事業モデルを次のように定義できます。

  1. エッジ・コロケーション・プロバイダー
  2. エッジIaaSプロバイダー
  3. エッジPaaSプロバイダー

どの事業においても、多数の分散サイトで自社所有の機器もしくはパートナー所有の機器に対して、サービスを提供するケイパビリティが必要です。セキュリティサービスや保守サービスも求められるでしょう。エッジIaaSサービスやエッジPaaSサービスを提供するためには、クラウドシステムの開発や運用のケイパビリティを強化する必要があります。こうしたケイパビリティは最近まで必要とされていませんでしたが、今では業界内で大きな需要があります。

加えて、通信事業者のエッジコンピューティング事業を成功させるには、確固たるパートナーシップ戦略も必要です。自社独自のサービスを補完し、市場で早期に牽引力を獲得しようとするならば、技術パートナー、リセールパートナー、さらにはハイパースケーラー企業とのパートナーシップまでカバーしておくべきでしょう。

ほとんどの通信事業者は、エッジ事業を2段階で展開すると予想しています。まず、ハイパースケーラー企業と緊密な関係を築き、ハイパースケーラーのエコシステムに対して、希少で高度に接続されたエッジスペースを提供します。次に、テクノロジー企業と提携して、通信事業者独自のエッジIaaSやエッジPaaSを構築し、ハイパースケーラー企業の介入を防ぐためにSaaS分野やコンテンツ分野でのプラットフォーマーに売り込むのです。

すでに数社の通信事業者がこの方向に向かって前進しています。エッジへの取り組みがさらに生まれることを楽しみにしています。

監訳者より日本の通信事業者への提言

IoTなどのデジタル技術の適用範囲が拡大したことによって、エンドポイントで生成されるデジタルデータは指数関数的に増大していきます。イベントに対する低遅延でのレスポンス、高度な分析やエッジAIとの連携、自動化の推進など、データをクラウドに上げて処理するのではなく、エッジで処理してしまうことが、コスト上も顧客体験上も優位となる新たな機会やユースケースが世界中で生まれてくるでしょう。

こうした状況で、通信事業者の保有するネットワークエッジが、大きな可能性を秘めた希少な資産として注目されています。日本でも通信事業者各社からエッジコンピューティング関連のさまざまなサービスがすでに提供されており、導入企業の事例も増えてきました。しかし、その多くがユースケース個別の単発的な取り組みに留まっており、本格的な導入・普及はまだまだこれからという段階です。

一方、ハイパースケーラー企業のソリューションをエッジに適用したサービスが、日本市場においても主流になりつつあります。そうしたエコシステムに対応するために、ハイパースケーラーの技術進化をエッジに取り込んでいく「クラウドアウト」戦略は、通信事業者にとって間違いではありません。ただ、それだけではせっかくの希少資産の付加価値をハイパースケーラーに総取りされるだけとなるため、エッジの付加価値を自ら享受するためのチャレンジをするべきではないでしょうか。

日本の通信事業者は、日本のICT市場における自らの優位なポジションを生かして、より積極的かつ主体的な「エッジイン」の戦略で、エッジのユースケースと市場をつくっていく役割を狙うべきなのです。

例えば、初期のユースケースにおけるエンドポイントのローカル特性に合わせたエッジを、発展可能性も見越して配置。そこに流れてくるデジタルデータをビジネスに活用できる/したい企業のエコシステムを組成します。ビジネス成果創出を目指すエコシステムのサービス群をひとまとめにしてエッジに置き(通信事業者独自のPaaS機能も付加)、その後もサービスや機能、取り組みを継続的に拡張・強化していくのです。その中でマルチクラウド構成が有効なユースケースを編み出し、ベンダー中立のリファレンスアーキテクチャを提唱できれば理想的でしょう。

スマートシティの各種取り組みやエンドポイント資産のモニタリング・最適活用などは、エッジコンピューティングが有効と想定されているものの、エコシステム形成は進んでいません。こうした領域において、自前で保有する希少な一等地であるエッジの将来的な「地価向上」のリターンに賭けて、プラットフォームプレイヤーやプラットフォームエコシステムの一員として戦略的かつ主導的役割を果たしていくことを、日本の通信事業者には期待したいと思います。

※本コンテンツは、The Edge of the Cloudを翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。

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大原 正道

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パートナー, PwCコンサルティング合同会社

大塚 悠也

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ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

桑添 和浩

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