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金融業界においてリテール事業の頭打ちが続く中、ウェルスマネジメントは事業の柱として重要な位置づけを持ち始めている。金融機関が相対する顧客像も、格差進行による富裕層のスケール化、金融リテラシー向上など、構成・志向の変容が見られるとともに、規制変化や新興プレーヤー参入など外部環境も複雑化してきている。
このような環境の下、人生100年時代、顧客のライフステージが常に変容していく中で、顧客の人生を理解し、中長期で寄り添いながら資産に関する相談パートナーとなりえる金融機関が、業界のトップティアプレーヤーとしてのポジションを確固たるものにする。
本連載ではセグメントごとの顧客ニーズ・ペルソナがどのようであるか明らかにしつつ、金融機関が揃えるべき体制・機能をフロントからバックに至るまで顧客起点で定義、トランスフォーメーションの進め方に対する提言を行っていく。
ウェルスマネジメントの領域は、リテール部門の低収益性に悩む金融機関にとって最後のフロンティアと呼ばれて久しい。実際、多数の金融機関が本領域を注視し、さまざまな取り組みを行っているが、表層的な内容にとどまっているプレイヤーも多い。
ウェルスマネジメント事業は、マス向けの事業とはさまざまな面で異なっており、本格的に取り組んでいくためには、抜本的なトランスフォーメーションが不可避である。
本稿では、ウェルスマネジメントトランスフォーメーションにおける要諦と金融機関に対する示唆について述べる。
富裕層と貧困層の二極化というグローバルトレンドは、かつて一億総中流と呼ばれた日本にとっても、もはや対岸の火事ではなく、国内において着実に進行している。いわゆるK字経済の進行は、コロナ禍を経て、富裕層の資産のさらなる拡張、都市部および限定的な地方部の資産価値高騰、特定の職種への富の集中など多様な形で現出しつつある。このトレンドの中で富裕層はさらなる資産の拡張を追求している。このことは、金融機関の目線から見ると、これまで以上に富裕層向けのサービス事業を本格化していくべき時期が到来していることを意味している。
上記のような市場環境のなか、各金融機関のプレイヤーは、着々と富裕層へのアプローチを進めている。国内金融機関は、外資系プライベート銀行との協業や、富裕層を対象としたウェルスマネジメント事業部の新設を伴う組織再編、デジタル化(顧客情報管理システムの更新や営業支援ツール導入など)への先行投資を推進している。
しかし、いずれの金融機関も、依然として最適なウェルスマネジメント事業のビジネスモデルを模索する段階にある。本レポートでは、まず富裕層の顧客属性や金融機関への期待値について解説し、ウェルスマネジメント事業におけるビジネスモデルの方向性や今後の要点について示す。
伝統的金融機関のリテールビジネスを取り巻く環境は、年々厳しいものになっている。銀行の主要業務である預金・貸出・決済については、ネットバンク等の存在感の高まりやモバイル決済サービスの普及に伴って、大きく収益性を損ねている。
そのようななかで、各金融機関は、業務効率化や支店の統廃合、人員削減等を通じて経費率の低減を図っているものの、既に「できることはやった」状態であり、乾いたぞうきんを絞るような状況にある。実際、メガバンク3社で見ると、これまでのリテール収益基盤が揺らぎ、トップライン(粗利益)が停滞する一方、経費率についても下げ止まりを見せている。
こうした状況を背景に、「貯蓄から投資へ」という掛け声のもと、個人の資産運用ビジネスが重要視されている。とりわけ、アフルエント(金融資産5千万円以上)から一般富裕層(同2億円以上)を対象としたウェルスマネジメントビジネスは、日本社会における二極化傾向、富裕層への富の偏在を背景とした成長領域であり、リテール部門の最後のフロンティアと目されている。
本連載でも言及してきたとおり、ウェルスマネジメントの領域は、伝統的なマスリテールの延長線で捉えるべきものではない。定型的な金融商品・サービスを大量かつ効率的に提供するモデルとは異なり、セグメントごとの顧客ニーズを的確に把握し、提供価値と一体化・最適化したビジネスモデル・オペレーティングモデルを構築する必要がある。
そのようななか、各金融機関はそれぞれのモデルを模索し始めている。例えば、組織体制面では、フィナンシャルグループ内での銀信証連携を企図した専門組織の組成や外資系プレイヤーとのパートナーシップの動きが加速している。また、システム面では、ウェルスマネジメントサービスに強みのあるベンダーを活用したデジタルプラットフォーム構築も進んでいる。
しかしながら、一部のトッププレイヤーを除いて、いずれも、変革を「やり切る」ところまでには至っておらず、まず手を付けやすいところから変えていっているように映る。例えば、ウェルスマネジメントに特化した組織の創設は分かりやすく、手を付けやすい一手であり、多くのプレイヤーが実際に行っている。そのようなアプローチは、「現実解」として一定の妥当性はある一方で、早晩壁にぶち当たる可能性も秘めている。なぜなら、人材要件や評価制度、キャリアパス、行動様式といった、ヒトにまつわる難度の高い領域にも踏み込んでいくことではじめて実効性が担保されるためである。ウェルスマネジメント領域において、営業員とデジタルのハイブリッドでの価値提供が必要となるなかで、組織やシステムといったハコのみならず、ヒトにまで踏み込むことが肝要である。
上述のとおり、ウェルスマネジメントトランスフォーメーションに向けては、多面的な要素について、一貫性を持って全体設計していくことが必要である。ここでは、主要な要素として、組織、人事制度、システム・ツール、行動様式の4点について見ていく。
①本部管制機能
顧客セグメント軸で設置され、当該顧客セグメントにおけるライフタイムバリューの最大化をミッションとする役割が想定される。本部管制機能は、所管する顧客セグメントについてエンティティ横断で責任を持つ存在であり、担当者のアサイン、顧客への初動見極めと顧客属性に応じたアプローチ戦略の落とし込み、トスアップタイミングの決定を一元的に担う。
かつてに比べてアフルエント~一般富裕層の裾野が広くなるなかで、超富裕層(金融資産10億円以上)向けの伝統的なプライベートバンキングモデルだけでも、マス向けの効率化モデルだけでも立ちいかなくなっており、アフルエント~一般富裕層に対して、効率性とテイラーメイド性をいかに両立させるかがカギとなる。
特にメガバンクグループにおいては、裾野の広がる一般富裕層へのカバレッジを確保するべく人員増強を進めているが、ウェルスアドバイザーは一朝一夕に育成できるわけではなく、また、採用マーケットの競争も厳しい。そのようななかで市場機会を捉えていくためには、本部が「考え切る」「決め切る」ことが不可欠となる。
この点、ともすると本部では大枠だけを決めて各支店に委ねるケースも存在するが、トスアップ判断等の場面で、全体最適と支店最適との論理が相互に対立した際に最適解が取れない可能性がある。あくまでも、全体としての最適化の観点から本部が制御することが重要なポイントとなる。
②顧客軸の組織
従来的な地域軸ではなく、顧客セグメント軸・顧客特性軸へと組織を転換していくことが重要となる。非対面の顧客接点が拡充するなかで、「どこに住んでいるか」という情報の持つ意味は従来に比べて低下し、地域軸で括ることによるシナジーはもはやさほど大きくない。自社の顧客層を改めて分析のうえ、顧客のニーズや提供価値に応じて顧客セグメントを再定義し、それに応じて組織を変化させていくことが必要である。
③責任エンティティの明確化
複数の金融機関を抱える金融グループにおいては、どのエンティティがどのセグメントのどのフェーズについて責任を持つのかを明確にすることがポイントとなる。特に複数金融機関を傘下に擁するフィナンシャルグループにおいては、どこか特定のエンティティが主導することによって効率的に変革を進められることも多い。本領域においては、「餅は餅屋」ということで、グループ内の証券会社に対して十分な責任と権限(予算)を付与したうえで旗振り役に据えることも一考すべきである。
このような組織の姿を既存の組織の延長線上で整備していくことは困難なケースも想定される。その場合、情報共有(同意書取得)の難しさやProfitshareスキームの複雑性は増すことにはなるが、ウェルスマネジメントに特化した別会社として切り出し、一から設計・運用をしていく方がかえってスピード感を持って実装できる可能性もある。
人事制度も変革上の主要な要素の1つである。多くの場合において、富裕層は自らのリレーションシップマネージャー(担当営業員)を特定の人材が担うことを期待しており、その期待に応える態勢が必要である。現状、多くの金融機関では、リスクマネジメントの観点から数年でのジョブローテーション制度を敷いている。
ウェルスマネジメントの領域においては、顧客のライフステージの変化に寄り添いながら、長期的な関係を構築していくことが必要である。そのためには、スペシャリスト制度を整備し、長期的に特定顧客を支援していく態勢を構築すべきである。
その場合、本部との人員交流やシニアになった場合のキャリアモデルも考慮する必要があるだろう。マネージャーではなくプレイヤーであることを貫徹したい志向の人に対しては、適したキャリアパスを用意することも必要である。
人事制度の観点では、評価制度・報酬制度の設計も重要な論点である。仮に特定のエンティティにウェルスマネジメントの軸足を寄せていく場合、トスアップやトスアップ後の支援のインセンティブなくしては総合金融機関グループとしての価値を発揮できない。一連の顧客ジャーニーのなかで直接的に収益に寄与する機能を厚遇しつつ、間接的な貢献についても適切に報いることが重要である。
具体的には、特定顧客とのコンタクト履歴・担当履歴をトラックしておき、長期的に大きな成果が生じた場合には過去の担当者の貢献も可視化・評価していくことが求められる。ただし、その場合、ある年の評価が数年・数十年先でないと確定しないこととなってしまう。そのため、上記に加えて、将来的な成果に貢献するような現時点のアクションについても評価に織り込んでいく必要があるだろう。
上述のような特殊性を持つことに鑑みると、採用自体も通常のジェネラリスト的な総合職採用とは切り分けて実施する必要があるし、トレーニングについても独自の整備が必要である。ウェルスアドバイザーに求められる知識・スキルは通常のリテール営業と比べて非常に多岐にわたる。
近年、新卒採用者をコンタクトセンターに配置し、インサイドセールスでの営業活動に従事させたのちに支店への配属を進める例も出始めているが、マルチチャネルを活用した時代に最適化したキャリアパスについても構築が求められる。
変革を実現するイネーブラー(手段)として、デジタルソリューションの重要性も高まっている。近年、Wealth tech(ウェルステック)という形で、本領域においてもデジタル化が急速に進みつつある。ウェルスマネジメント領域におけるシステム・ツールは、大きく3階層に整理できる。すなわち、フロント営業員のアドバイザリーおよび業務活動を支援する営業支援システム、エンドユーザーが直接的に操作するユーザーシステム、データを統合的に収集・集約・分析する統合的なデータ基盤の3つである。
デジタル化・プラットフォーム化の進度については、企業によって異なるが、先進的な企業においては、目指すべきウェルスマネジメントプラットフォーム像を描き、それに向かって段階的なステップを描く必要がある。
他方で、システム・ツールはあくまでもイネーブラーであり、本質的には、その利用者である実際の営業員や本部社員の行動様式変化こそが成功のカギとなる。
行動様式の変化に向けては、①各レイヤー・立場の社員に向けた綿密なコミュニケーションプランの策定・実行、②行動変革を促すKPI/インセンティブ設計の2点が要諦となる。
①のコミュニケーションプランについては、トップからの継続的なメッセージ発信、タウンミーティング、メール・イントラでの情報開示といった硬軟織り交ぜた施策をやり切ることが重要である。多くの変革プロジェクトにおいて、コミュニケーションプランが軽視され、最後まで完遂されないことも多いが、同じメッセージを手を変え品を替え発信し続けることに大きな意義がある領域だ。
その意味では、「レディネスチェック」のような形で、期待された意識や行動様式変化の達成度合いを測る仕組みを導入し、定点観測していくことも重要である。
他方で、強いメッセージだけで社員の行動は変わりきるものではなく、②のような変化を促す動機付けが不可欠である。通常、KPIは「結果」に対するリザルトKPIと「行動」に対するアクションKPIとに大別されるが、ここでは後者がより重要である。
期待される行動様式に即した形で、一定のアクションを取ることを指標化し、実際の評価やそのアクションを取ったこと自体に対してねぎらうような仕組みを入れ込むことではじめて、実際の人間の行動は変わっていく。
前述したとおり、ウェルスマネジメントトランスフォーメーションにおける変革ポイントは非常に多岐にわたる。それらを変えていくためには、ウェルスマネジメントの事業部門内に閉じたアジェンダとして捉えるのではなく、全社アジェンダの1つとして据えることが重要である。金融機関としての中期経営計画等のなかで、重点領域の1つとして明示的に掲げ、外部からのプレッシャーを受けながら取り組むことも必要だろう。
加えて、このような大きな変革、全社的にも大きな収益機会を捉えるうえでは、トップマネジメントの強いコミットメントが不可欠である。何かにつけて変革を拒む勢力が社内的に発生することは不可避であり、そのようななかで成長に向けた変革を進めていくためには、変革を拒ませないトップマネジメントの「言葉」が何よりも重要になる。
また、必要なリソース、予算、権限が整合的になっていることも重要な前提条件である。銀信証横断的なテーマであるがゆえに、組織的にも複雑化し、複数エンティティにまたがりがちな変革であるが、銀行なら銀行、証券なら証券、ホールディングスならホールディングスと、名実ともに変革を進めるうえでのリソース、予算、権限等を一体的に持たせることが必要である。
上述の主要4要素については、相互に密接に連関しており、どれか1つのみの変革にとどまっていては期待する効果を得ることはできない。規模は小さくとも、必要な変革要素全てにアドレスするような同時並行的なアプローチで前に進めていくことが必要だ。
グループによっては、ウェルスマネジメント領域を「実験場」と位置付けることも有効である。例えば、金融機関の全社的な人事制度に手を入れるのは極めてハードルが高いが、ウェルスマネジメント領域に限った形で独自のキャリアトラックを設けたり、ジョブ型の人事制度を試行したりするのであれば、相対的にハレーションは小さい。
また、幸か不幸か、日本の金融機関におけるウェルスマネジメントの歴史は浅いことも好材料である。すなわち、ビジネスモデル自体が黎明期であるなか、当該ビジネスに一家言持つステークホルダーも少なく、金融機関のなかでは新たな取り組みが受容されやすいと言えるだろう。
ウェルスマネジメント領域に限った話ではないが、大きな変革を成就させていくためには、拠って立つ原理原則を貫徹することが重要である。ウェルスマネジメント領域でコアに据えるべきなのは、「顧客起点」で全ての設計を一貫させることである。組織や制度、システムプラットフォームの検討過程においては、顧客起点での提供価値を具現できるかという目線で常にテストし、是正されていくことが必要となる。
上記のような変革をやり切るためのポイントは、段階を踏んで順を追って取り組むのではなく、全てが一体となって変わっていくことで意味を持つ。その意味で、金融機関として、本領域をリテールにおける重点領域として明確に定め、トップマネジメントが改革にコミットし、全社アジェンダとして取り組んでいくことが不可避である。
ウェルスマネジメントの領域は、一朝一夕に花開くものではなく、顧客とともに10年から20年をかけて育んでいく非常に足の長いビジネスである。それゆえ、近視眼的な収益を追い求めるのではなく、長期的な目線で捉えることが必要である。
現時点では、ウェルスマネジメント関連収益がリテール全体に占める割合は必ずしも大きくない。また、手数料ビジネスのもたらす収益インパクトは依然として大きく、預かり資産モデルへの大転換は目の前の利益の棄損をもたらしかねない。これらの慣性の存在が、ウェルスマネジメントトランスフォーメーションへの着手・投資を「不要不急」なものにせしめている。
リテールビジネス全体が苦境に立たされているなか、市場として今後ポテンシャルが見込めるウェルスマネジメント領域において、現段階でいかに長期を見据えた決断をし、トランスフォーメーションに着手できるのか、やり切ることができるのか。変革には大きな労力と覚悟を要するが、その分抜本的な変革を実現したものだけが、他社が容易に模倣できない強固なビジネスを確立することができる。今の動き出しが10年後20年後の勝者を決めることになるであろう。
※レポート内に掲載されている執筆者および監訳者の所属・肩書は、レポート執筆・監訳時のものです。