変容するウェルスマネジメントビジネス―顧客起点のビジネスモデルに変革せよ:第1回「顧客ニーズを起点としたウェルスマネジメント事業モデル」

金融業界においてリテール事業の頭打ちが続く中、ウェルスマネジメントは事業の柱として重要な位置づけを持ち始めている。金融機関が相対する顧客像も、格差進行による富裕層のスケール化、金融リテラシー向上など、構成・志向の変容が見られるとともに、規制変化や新興プレーヤー参入など外部環境も複雑化してきている。

このような環境の下、人生100年時代、顧客のライフステージが常に変容していく中で、顧客の人生を理解し、中長期で寄り添いながら資産に関する相談パートナーとなりえる金融機関が、業界のトップティアプレーヤーとしてのポジションを確固たるものにする。

本連載ではセグメントごとの顧客ニーズ・ペルソナがどのようであるか明らかにしつつ、金融機関が揃えるべき体制・機能をフロントからバックに至るまで顧客起点で定義、トランスフォーメーションの進め方に対する提言を行っていく。

第1回:顧客ニーズを起点としたウェルスマネジメント事業モデル

国内リテール市場における富裕層のプレゼンスが増すなか、金融機関にとって富裕層セグメントを対象としたウェルスマネジメント事業の重要性はこれまで以上に高まっている。金融機関に今後求められるのは、各社に口座を保有している富裕層セグメントを理解し、営業モデルおよび価値提供を明確にすることだ。本レポートでは、Strategy&が2021年7月に実施した国内富裕層顧客調査に基づき、金融機関が検討すべきウェルスマネジメント事業モデルに関しての示唆を示す。

日本における富裕層を取り巻くトレンド

富裕層と貧困層の二極化というグローバルトレンドは、かつて一億総中流と呼ばれた日本にとっても、もはや対岸の火事ではなく、国内において着実に進行している。いわゆるK字経済の進行は、コロナ禍を経て、富裕層の資産のさらなる拡張、都市部および限定的な地方部の資産価値高騰、特定の職種への富の集中など多様な形で現出しつつある。このトレンドの中で富裕層はさらなる資産の拡張を追求している。このことは、金融機関の目線から見ると、これまで以上に富裕層向けのサービス事業を本格化していくべき時期が到来していることを意味している。

上記のような市場環境のなか、各金融機関のプレイヤーは、着々と富裕層へのアプローチを進めている。国内金融機関は、外資系プライベート銀行との協業や、富裕層を対象としたウェルスマネジメント事業部の新設を伴う組織再編、デジタル化(顧客情報管理システムの更新や営業支援ツール導入など)への先行投資を推進している。

しかし、いずれの金融機関も、依然として最適なウェルスマネジメント事業のビジネスモデルを模索する段階にある。本レポートでは、まず富裕層の顧客属性や金融機関への期待値について解説し、ウェルスマネジメント事業におけるビジネスモデルの方向性や今後の要点について示す。

日本における富裕層のセグメント構成

富裕層の顧客セグメンテーションについては、今までさまざまな切り口が用いられ、職業や資産の源泉などで区分するケースも存在する。Strategy&では今年7月に国内にいるマスアフルエント層(3,000万円以上の金融資産を保有)から超富裕層(10億円以上の金融資産を保有)6,000名弱を対象に、属性、金融機関に対する期待値などを調査した(以下、調査)。調査によれば、資産額による区分においてセグメント間に明確な差異があることが確認できる。そのため、ここでは資産額に応じて日本における富裕層セグメントを再定義する。

図表1は、調査結果に基づき、セグメントごとの特徴を整理したものである。資産運用・金融機関へのニーズ、特にアドバイザーや商品・品揃えへのニーズは資産額2億円を超えたあたりから変化が見られる。アフルエント層では大きな特徴は見られないが、これは最も人数も多く多様な顧客が混合していることが要因である。顧客の属性をもとにニーズの違いを理解し、メリハリのついたアプローチをしていくことが金融機関には求められる。

また、「デジタル」の受容度は60代以降の富裕層でも十分に高く、実際にデジタルツールを活用して資産運用をしている層が多い。プラットフォームとしては全セグメントに導入する前提で整備する必要があるが、各セグメントでも期待値に差があるため、設計要件定義には注視する必要がある。

A. 超富裕層

当調査では10億円という調査上の制約があるため、このラインで区切っているが実際には数十億円を保有する客を想定としている。事業オーナーが多く、個人によってニーズが異なり、単一グループ化することが難しい。以前はオールドエコノミーと称する創業一族が多かったが、昨今ではニューエコノミーというIPOや事業売却で財を成した富裕層が現れている

B. アッパー富裕層

事業売却などで財を成した経営者の割合が高い。急にまとまった資産が形成されたことでアドバイスを求める傾向にある。資産を増やしたいというより資産全体を「管理」したいという意向が強い。そのため、幅広い品揃えを元に、包括的なアドバイスを提供してくれるアドバイザーを求めている

C. 一般富裕層

10-20年かけて資産を積み上げてきた40-50代の大企業役員・経営者。オルタナティブ・仕組債など特殊な金融商品にも興味を示しつつ、資産を複数金融機関に分散、将来どこに一任するか見定めている段階である

D. アフルエント層

多様な属性の顧客が混在。主に以下5つのサブセグメントが存在する。中でもサブセグメント「1.プロフェッショナル層」と「2.大企業の共働き子育て世帯」は、将来的な一般/アッパー富裕層の予備軍と言える

1. プロフェッショナル層:30-40代。忙しさなどからアドバイザーの利用意向はそこまで高くない。手軽なデジタルツールは刺さるが、エンゲージメントを強める策がなければ簡単にスイッチしてしまう可能性もあり

2. 大企業の共働き子育て世帯:教育費などで一次的に資産が減衰しているが、子どもの成人・ローン完済などをきっかけに大きく資産形成にシフトできるポテンシャルがある。ライフステージの変化がキーとなるため、中長期目線でのアドバイスが求められている

3. 地方の名家・地主・士業(開業医など):50-60代、地銀を利用する割合が高い。前世代からの承継・相続のタイミングを控えるとともに、将来的には子ども世代への承継・相続も見込まれる。包括的なアドバイスというより不動産や自身の事業、相続などの特定トピックでのアドバイスを求めている可能性

4. リタイア前後の会社員:長年の貯蓄・資産運用に加え、退職金も後押しして資産を形成(予定)。中でも全体の68%を占める投資経験20年以上のベテラン層ではリスク許容度も比較的高く、老後の余裕ある生活を企図した運用ニーズがある可能性

5. リタイア・年配層:退職金・相続などの一時金が資産の主な出自。リスク許容度は低く、積極運用は考えていない。ボリュームとしては大きい

E. マスアフルエント

会社員でコツコツ貯蓄・資産形成している30-50代と、退職金でまとまった資金を得たリタイア層に二分。前者は教育費や住宅ローンの負担も大きく、資産運用はあくまで片手間、依然として日々の家計管理などに注意を払うような層。リタイア層は投資に対して保守的な傾向があるため大きな投資額の見込みは薄い。

ウェルスマネジメント事業のビジネスモデル

金融機関としては、先述のセグメントの特徴を踏まえながら、セグメントごとに最適なビジネスモデルを構築していくことが必要となる。その中でも特に対アフルエント層以上のビジネスモデル変革が重要となる。

ここでは顧客との接点があるフロント業務に着目し、簡易的に(A)~(D)の4つのウェルスマネジメント事業のビジネスモデルを挙げる(セグメントを深掘りしビジネスモデルの細分化は可能)。各モデルで、顧客接点、アドバイスモデルおよび商品、サービス内容は異なる。

(A):マス・マスアフルエント層対象としたデジタル・非接触対面混合モデル

調査によると、保有金融資産額が低いマス層およびマスアフルエント層はネット銀行をメインバンクとして使用する比率が高い。これらの層の特徴として、金融機関を選定する条件として利便性を重視し、キャッシュバックや金利キャンペーンに誘導されるなど面前の利得に左右される点が挙げられる。従って、金融機関が人員を配置して対面アドバイスを提供し、顧客と持続的な関係性を構築するのは困難である。

そのため、サービスプロバイダーである金融機関には費用対効果を考慮した事業モデルを構築することが推奨される。例えば、顧客接点はデジタルを最大限活用して自動化し、アドバイスもオンラインツールやロボアドを主軸にする。金融商品やサービスも一般金融商品で選択肢を提供する。もし対面でのライフプランニングやその他アフルエント層向けのサービスを顧客が求めるのであれば投資顧問業などを有料で提供するオプションを設ける。

課題としては、マスアフルエント層以下は人口も多く、大多数の金融機関のメイン顧客層という位置付であるため対応せざるを得ないジレンマがある。しかし投資を行わないマス層の金融リテラシ―は相対的に低いため、彼らの預金を投資へと誘導するハードルは想像以上に高い。

対応策として検討できるのは、預金管理、決済、家計簿管理、保険、住宅ローン、簡易ライフプランなどをオンラインで対応可能なスーパーアプリを提供し、投資を生活の一部として演出する。アプリを日々の生活により密着させることで、彼らにアプリをやめづらいと感じさせる、すなわち他行へのスイッチングコストを増加させながら、積み立て投資をサポートする。また認知度向上や新規顧客開拓に関しては、SNSやメディアの活用を率先して行う必要がある(コストが高くなる可能性があることを留意する必要がある)。

(B):ペルソナベース・富裕層サービスモデル

主にアフルエント層(5,000万円~2億円)および一般富裕層の一部を対象とする事業モデル。調査でも当セグメントが国内市場のボリュームゾーンでありウェルスマネジメント事業の収益基盤となることが示唆されている。しかし、上記セグメント分析でもあるように、属性やニーズ、金融リテラシーには多様性があり、競争も激しく金融機関にとっての正攻法が特定しにくい。

金融機関が当セグメントにアプローチするうえで必要になるのは、自社と接点のあるターゲット富裕層を分析し具体的なペルソナを描いたうえで、顧客接点、アドバイスモデル、商品構成を組み替えられる柔軟な営業組織とオペレーティングモデルを構築することである。

例えば、将来的に一般富裕層やアッパー富裕層に転換する可能性のある顧客には早期から対面アドバイスを提供し、信頼関係を構築する必要がある。典型的には、30代後半~40代のプロフェッショナル層や大企業の共働き子育て世代などが想定される。住宅購入や子育てにより一時的に金融資産総額が減少しているが、これらの顧客に対しては、ハイポテンシャル顧客層として対面アドバイザーを早い段階から配置し信頼関係を醸成することが肝要である。また長い視点で資産承継、ライフプランアドバイス、投資一任などの富裕層向けサービスを徐々に紹介することが持続的なウェルスマネジメント事業を展開する上で重要である。

反対に、投資原資が十分にあるリタイア・年配層には、投資案件を推奨するだけでなく、エステートプランニング(資産承継計画)を能動的に呼びかけ、資産承継が起きる真実の瞬間で滞りなく相続人が資産を承継し、被相続人と同じ金融機関で資産運営して頂くように仕掛けることが必要だ。

上記のような、包括的なアドバイスを実行するには自社の富裕層の顧客情報を整理・分析し、営業員・アドバイザーのアプローチ戦略を長期的な視点で采配する機能を本部が持つことや営業員の人事評価制度の改革が必要とされる。

(C):ライフアドバイザーモデル

一般富裕層の一部およびアッパー富裕層に対するサービスモデル。金融資産3~10億円の顧客は事業オーナー、会社役員や士業も含まれる。金融リテラシーが高く、金融機関に対する期待値も高い。この層の顧客一人当たりの年間手数料は高額、金融機関が収受するフィーとしても高額となる可能性もあり、重要なセグメントである。

ビジネスモデルとしては、銀行グループの法人営業との連携を行うほか、対象顧客からの知人紹介を中心に新規顧客を開拓することが重要である。基本的に対面専属アドバイザーを配置し、中長期的なライフプランやポートフォリオのリスク分析を行いながら、信頼関係を時間をかけて構築することが必須である。

またデジタルツールに関する受容度も高いので、アドバイザーとの連絡手段としてメールやチャット機能を活用し、きめ細かい市場分析やアラート発信を営業員から行うことが求められる。また超富裕層が収受できるプライベートバンクのサービスの内、費用対効果に見合うものを一部提供し、各顧客が複数の金融機関に分散して預けている資産を自社に集約されるよう集中的に働きかけることが求められる。

(D):テーラーメイド・プライベートバンキングサービス

超富裕層が対象。前述のとおり、事業オーナーが多くその事業内容も多種多様。また彼らの重要な資産の一部(オーナーにとっての投資機会)であるため、金融機関としては専属アドバイザーを永続的に配置し、リスク分析や資産運用だけでなく、事業アドバイス、税務、非金融サービスなども包括的に提供する必要がある。

アドバイザーに求められる専門性は幅広く、また金融機関のオペレーティングモデルも複雑になる。商品もオルタナティブ商品や美術品など、一般的なアドバイザーでは対応が難しいため、専門家の育成や独自ネットワークを構築する必要がある。

こうした理由から、この分野で差別化できる機能を金融機関が一から構築するのは困難である。もし当セグメントに該当する顧客が自社にいるのであれば、超富裕層サービスを専門とする金融機関との協業などがオプションとして考えられる。

金融機関がウェルスマネジメント事業を検討する際に留意すべき要点

前節で示したようなアプローチについては、当然のことながら一朝一夕に実現できるわけではなく、また、企業ごとの顧客構成・特性などを踏まえながら、各金融機関にとっての最適解を求めていくことになる。特に下記の3つのポイントを要点としてウェルスマネジメント事業の強化計画を実行することが肝要である。

a) 自社顧客の属性や資産運用に対する期待値を理解しウェルスマネジメントのビジネスモデルを設計する。富裕層ビジネスを検討している金融機関は、まず既存顧客との関係性構築にフォーカスし信頼関係を深め、顧客内シェア(share ofwallet)の拡大に注力する。

b) 収益性を向上させるデジタルツールの導入は必須。しかしその担い手であるアドバイザーをデジタルに適応できる人材へと変容させられるかが事業成功のカギとなる。アフルエント層以上のビジネスでは、顧客が使う資産運用ポータルだけでなく、バンカーのアドバイス品質向上を可能にする営業支援ツールやポートフォリオ・リスク分析ツールの導入が主流となる。また顧客データベース(CRM)もマス層版の流用ではなく富裕層ビジネスに適応させる必要がある。しかし職人気質のプライベートバンカーをデジタルに適応させるのは困難とも言える。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進の効果を最大化させるためには、インフラ投資と並行して現場の行動様式の変革も検討する必要がある。

c) 金融資産保有額の異なるセグメントに同時にアプローチしていく場合は、セグメント毎にビジネスモデル設計を検討する。これは商品やサービスモデル選定だけでなく、アドバイザーの熟練度、デジタルツールの設計(顧客ポータルやアプリ)、ブランド、マーケティング活動も含む。

国内金融機関では富裕層ビジネスを既存のマス層向けビジネスの延長線上で設置するケースがよく見られる。しかしウェルスマネジメント事業を成功させるためには各富裕層セグメントに適した提供価値、営業員の育成、機能設置、オペレーティングモデルの設計が重要である。顧客の期待値によっては証券会社ではなく投資顧問業という形での別会社の設立も戦略的オプションとして考慮するべきである。

おわりに

海外の金融市場のトレンドおよび市場動向を踏まえると、日本のウェルスマネジメント業界はまだ創世期にある。金融機関のコアビジネスである決済や貯蓄などがデジタルプレーヤーに浸食され始めているなか、ウェルスマネジメント事業は新たな金融機関のコアビジネスとなり得る。そのため金融機関は顧客への理解をさらに深堀しビジネスモデルの再考が求められると考える。

 

※レポート内に掲載されている執筆者および監訳者の所属・肩書は、レポート執筆・監訳時のものです。

{{filterContent.facetedTitle}}

{{contentList.dataService.numberHits}} {{contentList.dataService.numberHits == 1 ? '結果' : '結果'}}
{{contentList.loadingText}}

お問い合わせ先

堤 俊也

堤 俊也

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

井出 勝也

井出 勝也

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

佐藤 絵理

佐藤 絵理

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Follow us