国境はイノベーションを弱めるのか―Strategy& 第13回グローバル・イノベーション1000

2017-12-26

企業のグローバルなR&D活動を後押ししてきた人材・投資・アイデアの交流は、台頭する経済ナショナリズムによって妨げられてしまうかもしれない

近年、経済ナショナリズム1に関する政治的なレトリックが加熱 し、貿易や移民政策の規制強化を呼びかける声が幾度となく鳴り 響いている。それが国内の成長や雇用を促すと支持者達は考えて いるからだ。程度の差こそあれ、いくつかの国々がこうした考え方 を受け入れ、国内の産業や企業を優遇する政策を取り入れている ことが、調査から明らかになっている。

英国のシンクタンク、グローバル・トレード・アラートによると、 2008年11月から2017年6月までに、最も保護主義的な政策を 実施してきた国は、米国、インド、ロシア、アルゼンチンである。情 報技術イノベーション財団(ITIF)が2017年初めに発表した前年の 「重商主義的イノベーション政策」に関する報告では、その例とし て特に中国、ロシア、インドネシア、ベトナムにおける国内のデー タ保管・技術移転政策を挙げている。中国は、2016年に一部の規 制を緩和したが、さまざまな外国投資規制の尺度となるOECDの 2017年FDI制限指数では、中国は62カ国のうち2位(1位はフィリ ピン)にランクインしている。さらに、近年発生した3つの大きな出 来事が、その台頭をさらに促すこととなった。ひとつは2016年6月 の英国のEU離脱決定、もうひとつは昨年11月に「アメリカ・ファー スト」を掲げてドナルド・トランプ氏が大統領に選出されたこと、そ して三番目は、多様な多国間貿易協定の将来をとりまく不透明性 の高まりである。

経済ナショナリズムの台頭にはさまざまな意図が働いている が、そうした意図については多くがまだ議論の最中である。だが、 経済ナショナリズムが生み出している予想外の影響については、 これまであまり注目されてこなかった。世界の経済大国の多くの 政治家や政策立案者が内向きになり、イノベーションの分野は不 透明な霧の中に投げ込まれた。情報、カネ、ヒトの国境を越えた自 由な流れを基盤とするグローバル・イノベーション・モデルは、長き にわたって大手多国籍企業に採用されてきたが、今では危険にさ らされている。経済ナショナリズムによって生まれる政策は、自滅 的であるとやがて判明するだろう。ひとつの理由として、それは新 しい製品やサービスを生み出し、ひいては将来の仕事や成長や 富を生み出すR&D活動を妨げることになるからである。公的セク ターのR&D支出の伸び悩みという世界全体の傾向によって、この 新しい現実の危険度はさらに高まっている。

私たちは世界の上場企業トップ1000社のR&D支出を毎年分析 しているが、2年前の2015年の調査で、グローバル・イノベーショ ン・モデルの開発状況を図に表した。その結果、本国以外の場所 で有能な人材を求め、ターゲット市場の近くにR&Dセンターを設 ける企業が増加傾向にあることが分かった。このような企業は広 く分散したR&Dセンターを管理する能力を磨き、研究開発ネット ワーク全体の流れを維持しながら、分散したR&Dセンターを強力 な中央研究開発組織に結び付けている。調査からは、R&D支出が 最も多い企業の94%が、こうしたグローバル・イノベーション・モデ ルを採用していることが分かった。また、R&D支出の60%以上を 本国以外に配分している企業の営業利益率と総資産利益率は、 国内重視型の競合相手に比べて30%高く、営業利益の成長率は 20%高かった。

今後、現在の政治レトリックが政策となりグローバルなR&Dネッ トワークを妨げる可能性があるかどうか、多国籍企業にはまだ判 断がつかず、事業戦略やイノベーション戦略の計画を立てるにあ たって、状況の推移を注意深く見守っている。経済ナショナリズム がさらに広がっていったとしても、企業のイノベーションの目標が 変わる可能性は低いが、グローバル・イノベーション・モデルは変化 する必要がある。多くの企業で、今は機敏に動く相互依存したネッ トワークが、自律的なハブの集合体になるかもしれない。そうなる と、残念ながら企業の効率は低下し、余剰が生まれ、コストも高く なる可能性が高い。

「“2016年の諸々の出来事”の前でさえ、世界のR&D支出の成 長率は、政府レベルでも企業レベルでも減速していた」と、コーネ ル大学SCジョンソン・カレッジ・オブ・ビジネスの学部長で、グロー バル・イノベーション・インデックス(GII)の共同作成者であるスミ トラ・ドゥッタ氏は述べている。「ナショナリズムや一部の保護主義 的傾向がますます重視されるようになったため、こうした下落傾向 が今後も続くのではないか、また、私たち全員に恩恵を与えてき たR&Dのグローバル化によるメリットが以前ほど強力ではなく、 今後はむしろ弱体化するのではないかということが、本気で懸念 されている」。(GIIでは、私たちの調査で取り上げた世界の上場企 業トップ1000社ではなく、127カ国のイノベーションの成果を測 定している。)

事実、グローバル・イノベーション1000社のR&D支出は2017 年も着実に増加しているが(P.10の「グローバル・イノベーション 1000社のプロファイル」を参照)、調査からは、多くの企業がす でに経済ナショナリズムの影響を感じていることが明らかである。 「経済ナショナリズムの傾向が今後も続くことになれば、自社の R&D活動に重大な、またはある程度の影響がある」と大多数の企 業が答えている。さらに、多くの企業が、ナショナリズムの色彩の 濃い政策が採択された場合は、今後2年以内にR&D戦略を変更す ると回答し、全体の4分の3が今後5年以内に変更すると回答して いる。

「2016年の戦略見直し以前には、ビザの規制、ヒトの移動に関 する規制、技術や知識の共有しやすさといった問題はどれひとつ 協議の対象にならなかったが、今後はそうなる可能性が十分にあ る」と、ワッツ・ウォーター・テクノロジーズの最高経営責任者であ るロバート・パガーノ氏は言う。同社は米国に本社を持ち、水道設 備、暖房、水質管理の製品やサービスを提供しているグローバル 企業で、北米、欧州、アジアの各地でR&Dを行っている。企業が今 後のR&D活動の計画を立てる場合、「現在の状況や、今後起こり 得るかもしれない状況をもとに、さまざまなシナリオを検討する 必要がある。大事な点は、今は柔軟な対応ができるようにしておく こと、潜在的に政治的な課題を持つ点に関しては長期的なコミッ トをしないよう気を付けることだ。不透明さが、さらなる不透明さ を生みだしている」と、パガーノは述べている。

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PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。

Will Stronger Border Weaken Innovation?, strategy+business, October 24, 2017。

経済ナショナリズムによって、企業は自社のグローバルなR&Dネットワークが果たして持続可能かどうかという問題に直面している。

1 経済ナショナリズムとは、国家が輸入や他国からの投資の割合を低下させることで、自国経済を保護しようとする状況と定義する。

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樋崎 充

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