大手配信サービスが生む支配構造への対抗策は

コンテンツ産業を揺るがす「買い手の独占」

  • 2026-05-22

このコンテンツのポイント

  1. グローバルOTT(大手配信サービス)の台頭により、コンテンツの「買い手側の独占」=モノプソニーが深刻化し、制作者側の交渉力低下や条件悪化が進んでいる
  2. 米国ではモノプソニーへの監視が強化されており、合併審査で「供給者側への悪影響」が審査対象として加わった
  3. 韓国ではグローバルOTTへの依存が国内映像産業の構造的不況を招き、日本でも取引条件の非対称性というモノプソニーの兆候が顕在化している
  4. 日本として考えられる抗策は、IP活用による派生事業の海外展開、業界団体による集団交渉、代替チャネルの構築の三つ
  5. 生成AIの台頭により「AI-VOD」という新たな配信モデルが現実味を帯びており、モノプソニーの主体が変わりうる時代への備えが急務である

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コンテンツ産業を揺るがす「買い手の独占」
-大手配信サービスが生む支配構造への対抗策は-
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グローバルOTT(インターネット配信サービス)をはじめとするプラットフォームの台頭は、エンタテイメント&メディア産業の構造を大きく変えました。コンテンツの流通経路がデジタル化・集約化される中で、プラットフォームは利用者とコンテンツのつくり手の双方にとって不可欠な存在となっています。

こうしたプラットフォームを巡る規制の議論は、これまで「売り手による市場の独占(モノポリー)」が利用者に及ぼす弊害という観点が中心でした。しかし近年、「もう一つの独占」が注目されるようになっています。それは「買い手による市場の独占」状態のことで、モノプソニーと呼ばれています。

プラットフォーマーがコスト最適化を進める行為は、本来、合理的な経営判断です。しかし、その行為がプラットフォーム構造を介して、協業相手であるコンテンツのつくり手に不利益をもたらしてしまうというパラドックスから、新たな規制の必要性が議論されるようになりました。

本稿では、まずこの新たな規制の背景と概要を整理した上で、グローバルOTTによるモノプソニーが韓国や日本のコンテンツ産業にどのような影響を及ぼしているかを具体的に見ていきます。そして、この状況に対してどのような対抗策があるかを、生成AIが今後もたらしうる変化も視野に入れながら解説します。

合従連衡の裏側――米国で動き出した独占禁止規制

近年、米国ではグローバルOTT事業者や大手メディアコングロマリットの間で大型の合従連衡が相次いでいます。こうした中で米エンタテイメント業界の関係者からの注目を集めるのが、規制当局の審査姿勢の変化です。

従来どおり消費者保護の視点で審査を行うと同時に、「2023年企業結合ガイドライン」に基づき、買い手(OTT事業者やスタジオ)の集中が映像制作者の交渉力やコンテンツの多様性に悪影響を及ぼさないか、という新たな観点で調査をする動きが出てきました。これは競争法の枠組みにおける転換点として大きな注目を集めています。

こうした審査の背景にあるのが、過去の大手スタジオ合併で制作本数や雇用が減少したという教訓です。配信市場を世界的に支配し「ゲートキーパー」とも呼ばれるグローバルOTT事業者が大手スタジオを買収した場合、制作者側への影響はいっそう深刻化しかねません。

従来の独占禁止規制では、消費者向け価格が上昇するおそれがあれば直ちに規制対象となります。その一方で、供給者側が被る不利益は見過ごされてきました。この非対称こそが、モノプソニー規制の議論が求められる背景です。

見過ごされてきた「買い手側独占」の観点

「買い手側の独占」=モノプソニーは、1933年に経済学者ジョアン・ロビンソン(Joan Robinson)が提唱した概念ですが、その後、「最終消費者の利益の最大化」を最優先とするシカゴ学派の考え方(消費者厚生基準)が独占禁止規制の主流となり、供給者側の不利益、すなわちモノプソニーの問題は規制上ほとんど顧みられなくなりました。

図表1:プラットフォームが生む2つの独占の構図

ところが、グローバルOTTのようなプラットフォームの台頭で状況は一変します。こうしたプラットフォームは消費者に対して無料または低価格でサービスを提供することが多く、「消費者価格の上昇」を基準とする従来型の規制では問題を捕捉しにくいのが実情です。

その一方で、買い手としてのプラットフォームの支配力が強まれば、供給者であるコンテンツ制作者の報酬や交渉力は低下し、やがてはコンテンツの品質低下や多様性の喪失を通じて消費者にも不利益が及びます(図表2)。こうした「市場の失敗」への危惧から、モノプソニー規制の必要性があらためて検討されるようになりました。

図表2:プラットフォーム合併が供給者の衰弱につながりかねない

この概念を独占禁止規制の中心に据えたのが、バイデン政権下の2021年に米連邦取引委員会(FTC)委員長に就任したリナ・カーン氏でした。トランプ政権への移行後もこの流れは維持されています。FTCと司法省はカーン氏の在任中に策定された企業結合ガイドライン(2023年版)1を維持し、「労働者に対するモノプソニーの脅威」が合併阻止の根拠として引き続き明記されました。

2025年にはFTCが「合同労働タスクフォース」を新設。トランプ大統領が指名したマーク・メアドールFTC委員も「消費者への販売価格だけでなく、取引パートナーが搾取されていないかも保護の対象とすべきだ」との立場を明らかにしています2

Kドラマの光と影――韓国映像産業が直面した構造問題

「世界を席巻」と評されるKドラマですが、その裏側ではグローバルOTTのモノプソニーによって韓国の映像制作業界は深刻な状況に陥っています3

米国の事例では買い手企業の合併などで独占的な地位への懸念が生じましたが、韓国のケースはそれとは異なります。買い手側が市場で圧倒的な力を持っていれば、意図せずともモノプソニーが生じ、業界を衰退させかねないという実例です。

グローバルOTTがまだ黎明期だったころ、韓国のスタジオとの間で1話あたり180万~360万米ドルの制作費(図表3)を支払う代わりに、IP(知的財産権)の全権利をOTT事業者側が取得する契約が結ばれました。グローバルOTTの登場以前の制作費の相場は1話あたり50万~100万米ドルであり、破格の条件だったと言えるでしょう。こうした契約構造は疑問視されることなく定着していきました。

図表3:映像コンテンツ1話あたりの制作費比較(2025~2026年)4

カテゴリー​ 1話あたりの制作費(目安)
韓国のTV向けドラマ​ 70万~220万米ドル(約10億~30億ウォン)​
韓国制作のグローバルOTTオリジナル作品​ 180万〜360万米ドル(約25億~50億ウォン)​
ハリウッド制作のグローバルOTTオリジナル作品​ 700万~3,000万米ドル​

しかし副作用も生じます。グローバルOTTオリジナル作品で実績を積んだスタッフやキャストは、グローバルOTT水準の報酬でなければ制作に参加しなくなりました。従来の予算規模で制作せざるを得ない国内向けドラマや映画の制作本数は、減少を余儀なくされたのです5

やがてグローバルOTT自体も成熟期に入り、視聴データの蓄積をもとにヒットが見込める少数企画への集中に方針転換。その結果、韓国の映像制作業界は深刻な不況に直面しました。韓国映画市場はコロナ禍前比で観客数・売上高とも半分以下に落ち込み6、国内ドラマの制作本数も2022年の160本から2024年には約30本にまで急減しています7

韓国政府は「映像産業跳躍戦略」を策定し、1兆ウォン規模の官民ファンドをはじめ数多くの支援施策を実施していますが、モノプソニー状況からの脱却には至っていません。

日本のコンテンツ産業に潜むモノプソニー

日本には国内に一定規模の映像コンテンツ市場があり、グッズ販売やイベント開催など幅広いメディアミックス展開を通じた周辺ビジネスが発達してきました。こうした活動にはIPが不可欠なため、プロデューサー(製作委員会や放送局)がIPを持ち、グローバルOTT事業者へは海外配信権のみを提供する形にとどまっています。その結果、IPと国内市場を維持しつつ海外での認知向上につなげられるほか、制作費や配信契約に伴う収益を新たに得られるようになりました。

しかし、日本のプロデューサーは海外配信の相場情報が乏しく、対価設定はグローバルOTT側の提示に従わざるを得ませんでした。配信結果の情報開示はなされず、収益に応じた分配(リジデュアル)も配信では行わないという慣行が定着したのです。

結果、IPは保有しているものの、実質的に海外市場での事業展開の自由度はなく、作品が成功しても流通に応じたリジデュアルを追加の収益として得られない状態になりました。程度の差はあれ、韓国と同様に日本もモノプソニーの影響を受けていると言えます。

加えて、日本国内にもモノプソニーの構造は存在します。IPがプロデューサーに帰属し、制作はスタジオが受託するという関係でスタジオ側が不利な立場に置かれている点や、制作スタッフの「やりがい搾取」も同様の問題として指摘されています。

公正取引委員会も、制作費の適正化と作品の成功に応じた印税(収益分配=リジデュアル)を委託契約に盛り込むことが望ましいとしています8。この意見表明は日本独自の規制文脈に基づくものですが、供給者側の条件改善を目指す点で米国のモノプソニー規制と本質的な差異はなさそうです。

日本が取るべき三つの対抗策

韓国の政府支援策は国内市場の活性化にとどまり、グローバルOTT事業者との交渉力の非対称性は改善されていません。一方、米国では2023年春ごろ、脚本家協会(WGA)と俳優・実演家組合(SAG-AFTRA)がギルド(同業者組合)として結束。規制当局の側面支援も受けながら映画テレビ制作者連盟(AMPTP)に対してストライキを実施し、情報の一部開示やリジデュアルの獲得に成功しました9

では、日本がモノプソニーから脱却するにはどのような施策が考えられるのでしょうか。本稿では、以下の三つを対抗策として提言します。

(1)IP活用による派生事業の海外展開

PwCが提唱する「コンテンツ・エコシステム」の考え方に基づき、配信(チャネル)だけでなく、コマース(グッズ販売)やコミュニティ(イベントやファンダム)などの派生事業を海外でも展開し、配信への依存度を相対的に下げる戦略です(図表4)。グローバルOTT事業者の配信力を海外での認知拡大の手段と捉え、派生事業で収益を拡大する道とも言い換えられるでしょう。ただ、グローバルOTT事業者がデリバティブ事業に進出する動きもあるため、その場合は次の施策が重要になります。

図表4:コンテンツ・エコシステムの全体像

図表4 コンテンツ・エコシステムの全体像

出所:Strategy&

(2)業界団体による集団交渉と情報の非対称性の解消

特にデリバティブ事業の広がりが小さい実写作品では、米国のWGAなどの事例に倣い、政府と連携しながら事業者が一体となってグローバルOTT事業者との交渉を行い、より良い条件を引き出すことが望まれます。加えて、グローバルOTTの視聴データを外部モニター事業者から取得するなど、交渉力の源泉となる情報の非対称性を解消する取り組みも有効でしょう。

(3)代替チャネルの構築

特定の買い手への依存から生じるモノプソニーを根本的に解消するには、代替となる配信チャネルを自ら構築するのが最も効果的です。グローバルOTTと同規模のサービスの新設は困難ですが、各地域の国内OTTを連携させたローカルOTTアライアンスの構築や、作品流通のシンジケーション市場の創出であれば、実現可能性はあるでしょう。

AI-VODの台頭――次なるモノプソニーの主体は誰か

こうした議論に新たな変数を加えているのが、生成AIテクノロジーの急速な発展です。現在、利用者がAIとの対話を通じて推奨された商品を、その場で購入する「エージェンティックコマース」の基盤が整備されつつあり10、コンテンツの領域でも同様の変化が見込まれます。

例えば、AIエージェントが利用者の嗜好に基づいて作品を推奨し、利用者がプロデューサーから直接配信を受ける仕組みです。こうした「エージェンティックVOD(AI-VOD)」が、グローバルOTTと並ぶ、あるいはこれに取って代わる配信チャネルとなる可能性があります(図表5)。AI-VODが普及すれば、国や地域の区分を超えて日本のコンテンツが世界中へ直接届く道が開けるでしょう。

図表5:AI-VOD時代のコンテンツ流通モデル

AI-VODで人気を獲得するには、AIが認識・処理しやすい形で作品情報やメタデータを整備・提供することが重要です。ただし、AI-VODはグローバルOTTとは異なり制作費を提供するモデルではないほか、グローバルOTTからAI-VODにコンテンツ供給が行われるという共存関係が生まれる可能性も否定できません。

重要なのは、グローバルOTTからAIエージェントへとモノプソニーの主体が移り変わるだけの結果に終わらせないことです。IP活用による派生事業の海外展開、業界団体による集団交渉と情報格差の是正、代替チャネルの構築という対抗策を、AIエージェント時代にも通用する形で発展させていかなければなりません。プロデューサー、国内プラットフォーマー、そして政府が連携し、今からその備えを進めることが求められます。

コンテンツ産業を揺るがす「買い手の独占」-大手配信サービスが生む支配構造への対抗策は-

1:US Department of Justice(2023)
https://www.justice.gov/atr/merger-guidelines
Federal Trade Commission(2023)
https://www.ftc.gov/system/files/ftc_gov/pdf/2023_merger_guidelines_final_12.18.2023.pdf

2:Federal Trade Commission(2025)
https://www.ftc.gov/system/files/ftc_gov/pdf/meador-statement-noncompete-agreements-9.5.25.pdf

3:韓国国会でのグローバル配信プラットフォームに関する討論会のZDnetの記事「国内市場は拡大したが、IPを明け渡し下請け工場に転落する懸念」ZDNET Korea(2023)"넷플릭스 韓콘텐츠 투자 양면성 경계해야" 국회 토론회…"국내 파이 키웠지만 IP 내주고 하청공장 전락 우려" - ZDNet korea

4:韓国の制作費についてはPlot twists: Korean studios are cutting back at home, but powering ahead abroad – Media Partners Asia (MPA) and ampd | ContentAsia、グローバルOTTによる韓国での制作費はK-Drama Industry: Data Reports 2026、ハリウッド制作作品についてはVariety.comやHollywoodreporter.comを参照

5:The Korea Times(2025)Korean film industry seeks lifeline amid crisis of investment, creativity

6:韓国映画振興委員会(KOFIC)の「2025年上半期 韓国映画産業 報告書」KOFIC(2025)「2025년 상반기 한국 영화산업 결산 보고서」 https://www.kofic.or.kr/kofic/business/board/selectBoardDetail.do?boardNumber=2&boardSeqNumber=69184

7:韓国ドラマ制作会社協会発表を基にした聯合ニュース(연합뉴스)記事(2024)'K-드라마' 작년 7% 감소…"치솟는 톱스타 출연료 감당 안 돼" https://www.yna.co.kr/view/AKR20240127029600005

8:公正取引委員会(2025)「アニメの制作現場におけるクリエイターの取引環境に係る実態調査について」

9:Writers Guild of America West(2023) wga.org/uploadedfiles/news_and_events/public_policy/wgaw-afm-comment-on-doj-ftc-draft-merger.pdf

10:Morgan Stanley(2025)“Here Come the Shopping Bots” https://www.morganstanley.com/insights/articles/agentic-commerce-market-impact-outlook

執筆者

森 祐治

シニアアドバイザー, PwCコンサルティング合同会社

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