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2009年、戦略コンサルティングファーム「ブーズ・アレン・ハミルトン(現Strategy&)」のロンドンオフィスで駆け出しの戦略コンサルタントだった私は、あるクライアントを任されます。それは中東の大富豪一族が立ち上げたイスラム金融のプライベートバンク。社員は100人前後でクライアント数も100人程度の小さな組織でした。
そもそも、なぜ彼らはそのようなプライベートバンクをロンドンで創業し経営していたのでしょうか。創業者との議論の中で背景には1991年の湾岸戦争で味わった苦労があることを知ります。創業一族は当時、英国に亡命したものの、1人につき持ちこめたのはパスポートとスーツケース1つでした。戦争が終わり祖国の復興が始まって帰国するまで、極めて不便な生活を送ったそうです。
有事の際に着の身着のままで亡命しても、海外に保管している自分の資産を受け取れる体制の構築ーー。日本人には想像もつかない通常とは違う意味での「アセットプリザベーション」こそが、創業者の真の狙いでした。
所変わって、現在の中国に目を向けてみましょう。本レポートでは、中国の富裕層(100万米ドル以上の純資産保有者)が600万~700万人、超富裕層(3,000万米ドル以上の純資産保有者)が約7万人にのぼると推計しており、世界の富裕層の純資産額に占める中国資産の割合は、2026年までに20%に達すると指摘しています。
富が増大する中国のウェルスマネジメント市場が有望だということはレポートに記載しているとおりですが、複雑な政治事情や地政学や市場のリスクなどが不安要素として常につきまといます。実際、本レポートが公開された2023年秋からの1年半ですでに中国経済の低迷が顕在化してきました。さらに、第2次トランプ政権による関税引き上げのインパクトも重い足かせとなっています。今後、中国で資産を形成した新富裕層たちは国外への移住や資産の移転を考えていくことが予想されます。
このような状況の中、地理的に近接する日本の金融機関は、中国人富裕層のアセットプリザベーションの観点も備えて中国市場を見つめる必要があるのではないでしょうか。
実際、国外に移住する中国人富裕層は増えています。2022年には1万800人でしたが、2024年には41%増の1万5,200人(予測)となった模様です※1。外国人の富裕層が日本での在留資格として利用することが多い「経営・管理」を取得している中国人も大幅に増加。2019年6月時点では1万3,638人でしたが、5年後の2024年6月には51%増の2万551人となりました※2。
地政学リスクがかつてなく高まっているほか、中国経済の先行き見通しの不透明感が強まっている中では、中国の富裕層による「資産の大移動」が加速しそうです。
その際にアジアで候補となり得るのはシンガポールと日本でしょう。税制面ではシンガポールに軍配が上がりますが、中国の主要都市から見れば日本は地理的に近く、衛生や治安の面はシンガポールとほぼ同等と言えます。日本人からすれば当たり前となっている三権分立や民主主義の確立も、資産保全の観点では大きな強みです。
中国経済の富をターゲットにするために現地でオンショア事業を構築するのも1つの手段ではありますが、日本とシンガポール双方の拠点を軸にして中国人富裕層向けに適切な提供価値をデザインする方が、日本の金融機関にとっては新たなビジネスチャンスにつながる可能性がありそうです。
PwCコンサルティング合同会社
Strategy& パートナー 堤 俊也
著者:Dr. Philipp Wackerbeck、Jason Wang、Francesco Legrenzi、Daniel Ettlin
世界規模でウェルスマネジメント事業を展開する金融機関にとって、中国はかつてない大きな機会をもたらしています。Strategy&が中国のウェルスマネジメント市場を対象に行った最近の調査では、富裕層の代名詞であるミリオネアが世界で2番目に多いことが分かりました。100万米ドル以上の純資産保有者(富裕層)の数は600~700万人に上り、超富裕層と呼ばれる3,000万米ドル以上の純資産保有者は約7万人と推定されます。彼らの大部分は、北京、上海、広州、深圳という4つの「一級都市(ティアワン都市)」に居住しています。
グローバル金融機関の主要顧客となるこの富裕層は、2018~2021年にかけて2倍の規模に拡大し、今後もさらなる成長が見込まれています。そして、世界の富裕層の総資産額に占める中国の資産の割合は、2026年までに20%に達する見通しです※3。
図表1:中国ウェルスマネジメント市場の現在の規模と成長予測
とはいえ、中国のウェルスマネジメント市場は非常に魅力的な半面、他の地域とはまったく異なる環境だと言えます。例えば、データセキュリティ、プライバシー、サイバーセキュリティ関連の規制が急速に進化しつつあり、欧米市場と比べて現地での事業運営が複雑です。また、西欧の昔ながらの富裕層とは異なり、テクノロジーに精通した中国の超富裕層の間ではデジタルツールを活用した資産管理の人気が高まっています。
こうしたことから、中国市場での成長を目指すグローバル金融機関には2つのことが求められそうです。1つは、総合的な資産運用計画の設計や顧客への手厚いサービスという従来の強みを、中国市場の独自性に柔軟に対応した形で提供するアプローチ手法。もう1つは、デジタルファーストの手法によって中国市場ですでに成功を収めている競合他社から積極的に学ぶ姿勢です。
金融市場の一層の開放を後押しするために、近年の中国は規制を見直してきました。中国の企業と合弁会社を設立する手法に代わる選択肢として、グローバル金融機関が中国国内に完全子会社を設立できるようになったのは注目すべき規制緩和です。
これによって、中国市場の顧客を自ら管理し、商品やサービスを自由に提供できるようになりました。また、香港を経由して中国で事業を展開する銀行の場合、「コネクトスキーム」を活用することで、中国の選択地域において海外拠点を介して金融商品・サービスを販売することが可能です。こうした中国市場の変化は、中国国内市場での事業戦略を模索するグローバル金融機関に多様な選択肢をもたらしているのです。
Strategy&は、中国の金融市場の規制は着実に厳格化が進んでいると考えています。例えば、本人確認業務(Know Your Customer、KYC)、投資家教育、商品情報の開示、適合性評価といった領域で、より高度なルールが採用されつつあります。金融市場の規制を厳格化しようとする取り組みの目的は、投資家を守ると同時に、銀行をはじめとする金融機関により安全かつ予測可能な事業環境を提供することです。さらに、その他のさまざまな規制を通じて中小規模の金融機関が守られ、多様性と健全な競争性を兼ね備えた金融サービス業界の構築にも中国の規制当局は取り組んでいます。
欧米の大手金融機関は、アジア太平洋地域で大規模な事業展開を推し進めているものの、最大マーケットである中国市場における事業展開は限定的な範囲にとどまります。香港やシンガポールといった金融拠点にあるオフショアハブを経由して、中国市場で事業を展開しているのが現状です。中国の銀行や資産管理会社、フィンテックと合弁会社を設立しているケースも一部で存在しますが、商品やサービスの多様性はまちまちと言わざるを得ません。現地で優秀な顧客対応のチームを編成し、超富裕層/ファミリーオフィス向けに幅広い商品・サービスを現地で直接提供している例はごくわずかです。
現時点において、中国ウェルスマネジメント市場でフルメニューのサービスを提供している国外の銀行は少数です。完全子会社の設立を可能にした規制緩和もほぼ生かされていません。
図表2:中国ウェルスマネジメント市場で事業を展開している欧州と諸外国の金融機関
中国の銀行はウェルスマネジメントサービスの経験や実績が乏しいにもかかわらず、2021年時点での中国市場のシェアは計80%以上を占めます※4。国外の銀行の資産管理部門は5~10%程度のシェアでした※5。
一方、主に中国国内で事業展開をしている独立系の新興資産管理会社やフィンテックは、ロボアドバイザーや個別最適化した資産管理プラットフォームといった高度なサービスをアフルエント層や準富裕層、富裕層に提供し、着実に実績を築きつつあります。中には中国で巨大な支店網を構築して1,000人以上のアドバイザーを雇用する例も見られます。
ただ、こうした市場の構造は、今後急増が見込まれる超富裕層人口のニーズに応えられない恐れがあります。特に成功した起業家の間では次世代への資産移転に向けた準備が必要となり、幅広い専門知識を組み合わせた総合的な資産運用のプランニングが欠かせません。税金や相続関連、保有する企業の再編やM&Aアドバイスといった周辺サービスを含む総合的な助言です。中国人顧客が抱えるもう1つの大きな課題である「ポートフォリオの多様化」へのサポートを含め、資産管理で定評のある欧米の金融機関にとっては優位性のある領域です。
中国が2001年12月に世界貿易機関(WTO)に加盟して以降、20年以上にわたって中国人起業家の多くは従来型事業とデジタル事業の両方で大きな資産を築いてきました。しかしながら、そこから生まれた資産の投資先は最近まで比較的限定されおり、現金や金融商品、住宅不動産、自社株といった国内資産に集中する傾向がみられます。
図表3:中国と欧州の(超)富裕層・ファミリービジネスの典型的な資産ポートフォリオ
こうした事情から、資産内訳と投資先地域のいずれについてもより多様化したポートフォリオへの強いニーズが中国にはあり、この傾向は特に若い世代で顕著です。こうした世代は、ESG(環境・社会・ガバナンス)といった特定分野の専門知識のほか、慈善事業関連のソリューションを提供する能力も重視すると考えられます。
中国の富裕層は従来、資産管理会社が香港やシンガポールに持っているオフショアハブを介して、国外の金融市場にアクセスしてきました。こうした状況が、中国国内での完全子会社設立を国外の金融機関に認める規制緩和によって大きく変わります。既存のオフショアハブをオンショアのブッキング/サービス提供機能と統合することで、国外の金融機関はより総合的な資産運用計画のサービスを提供できるほか、顧客の投資可能資産に占める自社の運用割合も増やせます。オンショアの既存顧客に対して、オフショア・ブッキングセンターを介した国外投資を提案することも可能です。
この結果、国内外の金融機関やフィンテックとの直接的な競争が生じ、中国ウェルスマネジメント市場におけるシェア争いが激化することも予想されます。それでも金融市場の規制が成熟し国外の金融機関にとって好ましい環境を整えつつある中国において、経験豊富なグローバル金融機関は対等以上に競争できるとStrategy&は考えています。
ただし、最近まで国外のプライベートバンクがほとんど存在しなかった市場において、欧米の金融機関が超富裕層やファミリーオフィスの信頼を獲得することは容易ではありません。十分な信頼に足る資産管理会社として、自社のブランド認知と社会的評価を確立できる金融機関でなければ、長期的な成功は望めないでしょう。
中国の金融市場の規制は、国外の金融機関にとって一層好ましいものに変わりつつあります。しかしながら、データセキュリティやプライバシーに関する最近の規制や、反スパイ法の改正といった動きは、国外企業とその従業員に大きな不安を与える要因になっています。こうした法律は表現が曖昧で、どのような情報が規制の対象となるのか判断しにくい面があります。そのため多くの国外企業にとって、ルールに完全に準拠したITプラットフォームやデータ管理プロセスの構築が難しいという状況が生まれています。加えて、地政学的な緊張という課題もあります。
国外の金融機関はこうしたリスクを踏まえ長期的に対応できるかどうかを検討しながら、オンショア戦略と経営モデルを策定・調整する必要があります。中国独自の課題に対処するメリットや実現可能性がないと判断すれば、中国市場に参入しないという意思決定もあり得るでしょう(図表4参照)。
図表4:中国ウェルスマネジメント市場でグローバル金融機関が直面する主な課題
こうした事情から、資産内訳と投資先地域のいずれについてもより多様化したポートフォリオへの強いニーズが中国にはあり、この傾向は特に若い世代で顕著です。こうした世代は、ESG(環境・社会・ガバナンス)といった特定分野の専門知識のほか、慈善事業関連のソリューションを提供する能力も重視すると考えられます。
中国市場への参入を目指す国外の金融機関は、自社が行えるデジタル関連の提案の成熟度についても考える必要があります。中国人顧客の間では、デジタルソリューションの活用が急速に進んでおり、極めて高度なウェルステックサービスを提供する中国大手企業による市場再編の動きも見られます。国外からの新規参入組には説得力のあるデジタルエクスペリエンスの提供、また現地のフィンテックとの協業が欠かせません。こうした提携は中国市場のみならず、自国市場での提案力を高めるデジタルケイパビリティの獲得にもつながります。
国外のプライベートバンクが中国市場で事業を展開する選択肢は、この1年で著しく拡大しています。近年の中国市場には多くの課題があることも確かですが、中国での事業は今後もグローバルな金融機関にとって大きなチャンスにつながるでしょう。超富裕層の顧客人口が世界で最も早いペースで増えている中国において、これまで培ってきた専門知識や実績を存分に発揮できるはずです。
今後、中期的に景気回復が実現し、地政学面で大きな混乱も生じなければ、中国の国内資産は2026年までに22兆米ドルに達するとStrategy&は試算しています。グローバル金融機関が中国市場でのシェアを12~15%に引き上げることができれば、資産運用額を最大3兆米ドル増やすことが可能です※6。この市場の大きさを考えれば、リスクと機会のバランスを注意深く見極めつつ、中国市場でいかにシェアを高めるべきかといった戦略を検討するべきでしょう。
国外の金融機関はハイリスク・ハイリターンのオルタナティブ資産のほか、ESG分野や慈善事業への投資を含む多様なポートフォリオ管理の豊富な経験を、中国市場でのシェア拡大に生かせます。一部の金融機関はすでに、富裕層の財務面および非財務面のさまざまなニーズにオフショアハブを介した総合的なアプローチで対応し、信頼されるアドバイザーとしての地位を確立しています。こうした金融機関にとって中国市場での機会は魅力的に映るでしょう。
以上を踏まえて、中国ウェルスマネジメント市場でグローバル金融機関が成長するための主な成功要因をまとめました。
※1 Henley&Partners, The Henley Private Wealth Migration Report 2024 https://www.henleyglobal.com/publications/henley-private-wealth-migration-report-2024(2025年5月閲覧)
※2 出入国在留管理庁, 在留外国人統計統計表
※3 出所: PwC “China’s Wealth Management Market: Too big to be ignored”; UBS Global Wealth Report. Altrata „World Ultra Wealth report 2023”; Capgemini World Wealth Report 2023; China Merchants Bank; Strategy&分析
※4 PwC “China’s Wealth Management Market: Too big to be ignored”; Yi Tsai; Hurun China Wealth Report 2021; China Merchants Bank 2021; Strategy&分析
※5 残りの資産は、専任のウェルスマネジメント部門を持たない中小規模の現地プレーヤーおよび大手外資系銀行による運用が想定されます。
※6 Strategy&のシナリオ分析と第三者機関によるGDP/富裕層資産の成長予測に基づきます。中国経済は2022~2023年の水準を上回る比較的緩やかな1桁成長に回復すると想定。構造的およびマクロ経済的な課題を考慮すると、2桁成長への回帰は期待できません。富裕層の資産は全体的な経済成長を超えた要因によって変動することを念頭に置き、私たちの共通見解では中国人富裕層の資産が2026年までに10~12%増加すると予測しています。
※本コンテンツは、『Navigating the Chinese wealth management market How global banks can seize the China opportunity and master the market’s unique challenges』を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。