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グローバルかつあらゆる産業で普及し始めたAI。実際のビジネスの場においても、業務効率化や生産性向上に役立つケースが増えつつあります。業種によって活用のしやすさは異なると考えられますが、その中で期待が高まっているのが金融リテールの領域、とりわけウェルスマネジメント(個人向け資産形成・運用)事業です。
資産規模や投資志向もさまざまな個人客と向き合うには、営業や顧客対応、ファイナンシャルプランニングといった工程で効率性と質の向上が求められます。時には顧客とのトラブルが生じかねないため、コンプライアンスの確保も欠かせません。AIが持つポテンシャルは、こうしたウェルスマネジメント事業の幅広い工程で威力を発揮するとみられ、実際に欧米の金融機関では活用事例が広がっています。
ただ、AIの導入を単なる既存業務の代替レベルでとらえるとインパクトは薄いでしょう。業務プロセスを刷新し、さらにはAI活用を主軸に置いた組織や制度のトランスフォーメーションにまでつなげていく必要があります(図表1)。
では、取り組むにあたって何に留意すればよいのでしょうか。Strategy&は、AIの導入を契機にウェルスマネジメント事業を変革させる7つの成功要因を見出しました。全社を巻き込んだ大掛かりな取り組みとなりますが、実現すれば得られる果実も大きくなるでしょう。
図表1:AI活用効果享受に向けては既存プロセスの単純な自動化ではなく、業務プロセスや組織・システムの総合的な変革が肝要
出所:Strategy&分析
AIの用途は幅広く、日本企業においても導入の動きが急速に広がってきました。2023年度から企業の間で生成AI活用の普及が進んでいることが、PwCコンサルティング合同会社の「生成AIに関する実態調査」によって示されています。「生成AI活用の推進度合い」は2023年秋の時点で34%が「活用中」でしたが、2024年春は9ポイント増の43%となりました。「他社での活用(他社事例)への関心度」についても、2023年秋に「とても関心がある」と答えた割合は28%でしたが、2024年春には32%に増えています*1。
AIの普及が進む中で特に大きなインパクトが期待されているのが、大規模なシステムや膨大なデータを扱う金融業界です。特に顧客とやりとりするコールセンターやシステムのコードライティングといった分野で、高い効果を発揮するケースが見られます。AIによって手軽にコードのサンプルを作れるほか、コールセンターにおける顧客とのやりとりをモニタリングしつつ内容を要約するといったことも可能だからです。50%以上の業務領域が、AI導入によってインパクトを受けると見込まれています(図表2)。
図表2:業界別に比較すると、金融は生成AI活用により期待される業務効率化範囲が大きい
1)Open AIの評価基準に基づき算出。各業界の効果はサブ業界セクターの加重平均より算出
2)テクノロジー/情報通信/エンタテイメント&メディア
出所:OpenAI, US BEA, US Census, Strategy&分析
PwC米国のコンサルティング部門では、複数の金融機関に対してウェルスマネジメント事業へのAI、RPA、機械学習の導入を支援してきました。それを踏まえ実現し得るインパクトをまとめたのが図表3です。顧客との接点を持つフロント領域において高い効果が期待され、各業務の平均でFTE(フルタイム当量)の10~15%削減が見込まれます。この数値はあくまで業務効率化のみの数値であり、派生して生じる収益向上の効果は含んでいません。
図表3:ウェルスマネジメントはとりわけフロント領域において生成AI活用のインパクトが見込まれている
1) フルタイム当量
出所:Strategy&分析
では、ウェルスマネジメント領域において、AIがどのようにインパクトを生み出せるのでしょうか。金融リテールの現場では膨大な書類や資料を読み込んで要約したり、顧客向けの資料を作成したりする場面が少なくありません。こうした業務をAIに任せることで従業員の生産性が高まるだけでなく、負荷軽減や組織・業務への満足度の向上にもつながります。
ただ、不向きな領域もあるようです。例えば図表3において「潜在顧客開拓」や「ファイナンシャルプランニング」といった項目はインパクトが2~5%と低くなっています。これらはまだ人が携わる工程が多いほか、現状では人がこなす方が効果は高いという結果が出ているためです。
一方で、アドバイザー(営業員)や従業員の業務負荷が軽減すれば、顧客との接点が増やせるほか、提案にも力を注ぎやすくなります。これまでほぼパターン化した提案しかできなかった状態から、よりきめ細かい提案を出せるようになれば顧客体験が改善し、金融機関への信頼は深まるでしょう。顧客の属性やライフステージに合わせた適切なマーケティングと組み合わせることで、アップセルやクロスセルのポテンシャルも今までより高まります。
AIの導入において、意識するべきことがあります。上記の取り組みは手のかかる作業をAIに代替させる業務効率化にとどまらず、そこをベースに付加価値の高い提案やサービスの投入、営業・マーケティング施策のブラッシュアップにつなげていることです。そのためにはAIを主軸に据えたチェンジマネジメント(組織を目指す姿へと移行させるための変革)が必要で、AIのガバナンス体制の構築やシステム対応など総合的な変革が求められます。AI導入を単なる業務変革のレベルにとどめてはいけません。
具体的には図表4に記載した点を念頭に置きながらAIの導入を進めていくべきでしょう。
図表4:AI本格導入に向けては、チェンジマネジメントやAIガバナンス体制の構築、システム対応などの総合的な変革が求められる
AI推進に求められる要件
要件 | 主な論点 | Strategy&の初期的な仮説 |
チェンジマネジメントを可能にするAI人材の確保・育成 |
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AIガバナンス体制の構築・浸透 |
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データ整備・システム対応 |
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出所:Strategy&分析
海外の金融機関では、事業規模拡大や顧客体験の向上のためにAIを活用する事例が増えてきました。特にウェルスマネジメント事業においては、バリューチェーンの各所において多彩なユースケースが見られます(図表5)。
対顧客の側面では、開拓からファイナンシャルプランニング、契約後に継続してもらうための取り組みまでの全ての工程においてAIのサポートが及びつつあることが図表5からわかります。組織内の人事や研修、テクノロジー開発、商品開発などといった各機能においても、AIの活用によって業務の効率化・高度化が加速。単なる業務改善にとどまらず、AIをテコに組織を含めてトランスフォーメーションを図ろうとしている金融機関の姿勢が見て取れます。
図表5:ウェルスマネジメント市場が成熟した欧米では、バリューチェーンの各所で生成AIによる業務の効率化・高度化が進んでいる
出所:Strategy&分析
投資額の規模も膨らんできました。欧米の主要金融機関のIT投資額に占めるAI関連支出の割合は急拡大しています。金額ベースでは2億米ドルを超える金融機関も少なくありません。事業規模拡大や顧客体験の向上に向けて、今後もさらに投資額は増加するでしょう。
では、実際にAIを主軸に据えたウェルスマネジメント事業の変革を成し遂げるには、何に取り組めばよいでしょうか。その一連の流れと成功要因を図解したのが図表6です。各要因を個別に解説します。
図表6:ウェルスマネジメント × AI transformationはAIをイネーブラーとした変革であり、以下の7つが成功要因となる
出所:Strategy&分析
ウェルスマネジメント事業において最初の一歩と言えるのが、対象顧客のセグメンテーションを明確化し、それぞれに最適なオペレーティングモデルを構築することです。セグメントを分けるうえでの項目はどのようなものでしょうか。
顧客の金融資産の規模や給与といった金銭面での要素のほか、それらをベースに提案できる商品やサービス、一般的に得られる手数料の水準なども項目となります。このほか、対面やデジタル、ハイブリッドといった顧客との接点の持ち方、顧客とアドバイザーの人数比率なども考慮しましょう。これらの項目を整理した例示が図表7です。
ここで注意すべきことは、顧客のセグメントを細かく分け過ぎないことです。対策が複雑になり過ぎるので効率が悪くなるほか、実現可能性も薄れます。また、現状の金融資産や給与は顧客を区分するうえで大きな要素ですが、長期間のライフタイムバリューでどれだけ顧客の資産を育てられ、金融機関として収益を受け取れるかという時間軸の概念も考慮に入れた方がよいでしょう。
図表7:まずは対象顧客セグメントを明確化したうえで、セグメントごとに最適なオペレーティングモデルを構築するべき
出所:Strategy&分析
オペレーティングモデルが見えてきた後は、そのモデルの流れを概観したうえで、AIの導入によって業務効率化とサービスの高度化が見込める工程を見極める必要があります。一例として、デジタルマーケティングおよびリモートセールスについて考えてみましょう。
ウェルスマネジメントにおけるリモートセールス部門のイメージを図表8で示しました。全体の収益を管理して責任を持つ「管制室」を中心に据え、顧客とやりとりをする「オペレーターグループ」、ターゲット顧客へのセールスを行う「アドバイザーグループ」、顧客に具体的な提案をする「ソリューションチーム」、そしてデジタルマーケティングを展開する「マーケティンググループ」といった構成です。
図表8で示しているように、各グループは管制室の管理を受けつつ互いに連携し、顧客に対応しています。こうした仕組みの中にAIを導入する場合は、どのようにすればよいでしょうか。
図表8:ウェルスマネジメントのデジタルマーケティング・リモートセールス部門は、管制室を中心に各グループが手足となり、収益最大化を実現させる
出所:Strategy&分析
管制室および各グループの業務と連携の流れを図解したのが図表9です。顧客に対するアクションのステップを「新規顧客の判定」から「プラン策定」、契約後の「アフターフォロー」まで明らかにし、ステップごとの具体的な活動とともに左側に書き出しています。図表の右側は一連のステップの中で、どのグループやチームが何の業務を担当し、次に渡していくのかという流れを描いています。
全体像と業務のフローが概観できれば、あとは各業務の重要性やボトルネックになっているポイント、組織の陣容なども踏まえて、どこにAIを組み込めば効果が高いかを吟味していけばよいでしょう。
図表9:オペレーターが新規顧客のニーズを把握することで、アドバイザーは提案活動に専念できる
出所:Strategy&分析
図表5において、米国ではウェルスマネジメント事業の極めて広範な領域でさまざまなAIのユースケースが存在することを示しました。あらゆる領域での活用が見込まれるからこそ、構築したオペレーティングモデルにおいても幅広い工程で導入したくなるでしょう。しかし、その全てに取り組むことは現実的ではありません。目標とするべきユースケースの特定と優先順位付けが必要です。
では、どのように優先順位を決めればよいのでしょうか。ここでは3つの軸を紹介します。1つは価値です。AIを導入して業務や組織を変革していくのに必要な投資と得られるインパクトを考える必要があります。同時にその業務がAIに本当にフィットするのか、導入するべき規模感があるのかも吟味しなければなりません。
2つ目の軸はAIを軸としたトランスフォーメーションにかかるコストやリスクです。導入に必要な時間や工数、リソースを明確化しつつ、組み込んだAIのアウトプットにどの程度信頼が持て、どういったリスクが生じる恐れがあるかも検討しておきたいものです。また、現時点で活用できるデータには何があり、どの程度利用ができるのかも把握しておくべきでしょう。いざ導入に向けて走り出したものの、想定よりもデータがなく、効果を十分に発揮できないという場面も想定されるからです。
既存のソリューションを新たなビジネスモデルに変革するための難易度が、3つ目の軸となります。横展開できそうなソリューションや業務はどれだけあるか、といった要素が絡みます。
実際のプロジェクトにおいては、これら3つの軸をさらに細分化して、それぞれにスコアを付けるなどして優先順位を比較するとよいでしょう。中でも優先すべきだと考えられるのは、小規模ながらも早期に成果を出せるクイックウィンによって変革の機運を高められるケースか、高難度ながらも大きなインパクトを見込めるケースです。まだAI導入の取り組みが緒に就いたばかりの時期はクイックウィンを狙い、ある程度成熟してきた段階ではインパクトを追うといったスタンスが望ましいでしょう。
目指すユースケースが定まった後は、実現に必要となるデータの種類・量・質を見定めましょう。現状のデータで実現ができる範囲を明らかにしつつ、不足している部分にどう対応するかを考えるのです。具体的なプロセスをまとめたのが図表10となります。
図表10:目指すユースケースに対して必要なデータの種類・量・質を定め、現状のデータでの実現範囲および不足部分の対応を検討するアプローチが重要
出所:Strategy&分析
まずAIを活用することで短中期のスパンで達成したい目的や目指す姿を描き、各部署の主要ステークホルダーにもヒアリングを実施します(図表10のA)。方向性がまとまったところで効率化や質の向上につなげたい業務を整理し、実現するためのユースケースを考案。さらに上位のステークホルダーと想定される利用者にも、この段階で内容や方向性の確認をしておきましょう(図表10のB)。
ここで注意するべきなのは、現状保有しているデータを起点にして実現できるユースケースを選んではいけないということです。実現可能性だけを優先すると、結局はできる範囲が限られ、利用者のニーズには合致しなかったり、横展開がしづらい仕組みになってしまったりする恐れがあるためです。
図表のCとDは同時並行で着手します。ユースケースの実現に向けたプロセスを具体化する一方、実現に向けて必要なデータを整理して、その取得方法も確認しておくのです。
最後も複数の取り組みが必要になります。まずは目指すユースケースの実現に必要なデータの要件を定義しつつ、関係する各部署のデータ利活用基盤の要件も確認しておきましょう。これらを明らかにしていく中で、目指すユースケースでどこまでの機能をカバーし、手を出さない領域はどこかという線引きをはっきりさせなければなりません(図表10のE)。
Fでは社内で決まったデータ利活用の方針をベースに、ユースケースの詳細を詰めていく作業となります。加えて、実際に導入する業務プロセスにどう落とし込んでうまく機能させるかというシミュレーションに取り組むべきです。
一方、データの利活用にはさまざまな課題やリスクが伴います。データ不足といった初歩の課題からインシデントといったリスク領域まできちんと想定し、それぞれについての解決策や低減策を講じる必要があります(図表10のG)。
ここまでで下準備は終わり、実際にAIを活用したシステムを開発する段階に入ります。一気に最終到達地点を目指すのではなく、アジャイルな開発体制で取り組む姿勢が重要です。開発するシステムの規模や完成度、業務効率へのインパクトは、段階ごとに高めていきます。
まず初期的なシステムを導入して、従業員のスキル向上や業務への落とし込みを着実に進めます。同時にリスク管理や法務の部署も歩調を合わせて、課題やリスクを整理しておきましょう。
次は専任のAIエンジニアを配置したり、新たに蓄積したデータを活用したりしてシステムのレベルを高めます。一方で、システムの導入を受けた働き方や研修のあり方を見直していくなど、徐々に組織や制度に調整を加えていくことが必要です。
開発を主導する組織はどう構成するべきでしょうか。これには複数の選択肢が考えられます。1つはCEOの直轄で関係事業部が独自にAI関連の取り組みを進める形です(図表11のA)。それぞれの事業部が自由に進められる一方、全体を調整してグリップする機能が乏しく、ともすれば個別最適に陥りやすい点には注意しましょう。
図表11:各事業部のエキスパートを中央集権化したデジタル部隊を結成し、事業部ごとのプロセスやコンテンツを統制する開発体制が望ましい
出所:Strategy&「Digital Organization Setup & Case Studies」を基に作成
図表11のBは各事業部の調整役として、中央に小規模なデジタルチームを設ける形です。事業部門ごとに抱える課題やリスクに助言するなどシンクタンクのような機能を果たすことで開発がスムーズになり、Aに比べて部門間のすり合わせもしやすくなります。ただ、こうした組織は往々にして責任や権限を有しておらず、調整が不十分なまま開発が進んだり、あるいは調整が不調に終わって前に進めなくなったりする恐れもあります。
望ましい組織構成は、責任と権限を持ったチーフデータオフィサー(CDO)の下に、各事業部門のエキスパートを含むデジタルチームを設ける形です(図表11のC)。これによって各事業部門におけるAI関連の開発プロセスや内容を完全に統制することができ、全体最適を図ることも可能になります。専門知識を持った人材が組織を横断的に俯瞰できるので、AIを活用する新たな機会を生み出して育てるインキュベーター役を担うこともあるでしょう。
AIシステムの導入においては、根幹となる機能を提供してくれるベンダーの選定やマネジメントも必要です。潜在顧客の開拓や営業、顧客オンボーディング、ファイナンシャルプランニング、コンプライアンスやモニタリングなど多岐にわたる工程によって、得意とするベンダーも異なります。各社の強みを見定めたうえで、提携先を検討したいものです。
AIの導入で二の足を踏む要素となるのがさまざまなリスクです。図表11を見れば一目瞭然ですが、導入するシステムのモデル、基となるデータ、インフラやセキュリティのほか、法務やコンプライアンス、導入プロセスなど幅広い領域においてトラブルのリスクが存在します。
図表12:AI活用下ではモデル時から利用に至るまで下記のリスクが存在
出所:Strategy&分析
海外展開の有無などによっても最適な体制は異なるでしょうが、的確にリスクをコントロールできるガバナンス体制の構築は欠かせません。図表12に記載されているものを含め幅広くリスクを拾い出したうえで、問題が起きた際に何を確認するのか、どういうルートで情報を集約するのか、どこで分析して対策を実行に移すのか、などといった流れや枠組みを整理しておきましょう。
AIやデータ利活用のリスクをコントロールするにあたって重要になるのが、事業部門、管理部門、内部監査部門のそれぞれが役割を発揮する3つのディフェンスラインです。第1線となる事業部門は実際にリスクを保有・管理する業務執行機能を担っており、第2線の管理部門がリスクマネジメントやコンプライアンス機能を担います。両部門がトラブルなどの状況を報告するのは、それぞれを統括するCxOです。
そして第3線の内部監査部門は、問題の発生を未然に防ぐため独立の立場でリスクを監査します。主な報告先は取締役会や監査委員会であるほか、経営層や外部ステークホルダーにも向き合います。
上記のように、3つのディフェンスラインはそれぞれ立場、機能、向き合う相手が異なります。このためAI関連の施策を進めようとする事業部門を、将来起き得るリスクや施策の実現性といった観点で管理部門や監査部門が止めてしまう可能性もあります。これではせっかくの取り組みが前に進まず、AIを中心に据えた組織や企業文化の変革が実現しません。
リスクと同時に施策までつぶしてしまうのではなく、3つのディフェンスラインで施策の実現性や生じ得るリスクについて共有・連携し、あらかじめ対応策を協議して物事を進める統合的プロジェクトの体制構築が望ましいでしょう。
AIは事業の大きな推進力となり得る一方、そのポテンシャルを十分に引き出して、組織や業務、社員に浸透させるにはチェンジマネジメントが必要になります。カギをにぎるのは社内文化の醸成とリーダーシップの強化です。
まずAIを軸に据えた組織のありたい姿(ビジョン)を明確に描き、経営陣や関係する事業部門のトップの間ですり合わせておきましょう。そのうえでAIの導入において中心的な役割を果たす部署やポジションを明確にして権限を与え、組織への浸透を着実に進めていく必要があります。
目指すビジョンやインパクトを実現するために、社員がどのように関与しスキルを向上していくべきかといった包括的な変革戦略を描くのが、次のステップです。利用者のペルソナを作りこみ、変革フローがどのように進んでいくかも想定しておくべきでしょう。実際に取り組み始めた段階で定期的に組織や従業員、業務フローへのAIの適応状況をモニタリングし、より効果を発揮しそうな施策を適宜導入していく必要もあります。
並行して組織文化の醸成やリーダーシップの強化も進めるべきです。AIの導入で働き方や与えられる役割、成果のあり方は大きく変わります。事業に取り組む現場のリーダーはもちろん、メンバーも新たな知識を習得して行動を変化させていく必要に迫られるでしょう。そのためには従来のマインドセットを切り替える必要があります。
ここでリーダーに求められるのが、メンバーの好奇心をかきたて、前向きに試行錯誤できる雰囲気や仕組みを構築する手腕です。例えば導入したAIのシステムに関連する新しい取り組みの時間を毎週一定程度確保するといったことも考えられます。当然、そうした取り組みによって期待できるメリットと業務が滞るといったデメリットも勘案しながらバランスを取らなければなりません。
リーダーがこうした施策をとりやすくするためには、変革を前に進めるにあたって必要なアクションや姿勢、企業文化を組織として定義・明示するとよいでしょう。言うまでもなく、経営陣やリーダー陣が率先してコミットし、自ら実践している姿を見せることが重要です。
ここまでAIを主軸に据えて組織を変革する流れについて説明してきました。そのアプローチをまとめたものが図表13です。
第一歩となる顧客対象の明確化と、そのセグメントに対する最適なオペレーティングモデルの定義に取り組むのと並行して、AIを導入するリスクの特定や整理、チェンジマネジメントの推進に向けた周知やサーベイの設計などにも着手する必要があります。
PwCコンサルティング合同会社による「生成AIに関する実態調査」においても、生成AIの導入によって期待以上の効果を得るには「適切なユースケース設定」と「データの品質」が両輪となるほか、「経営層ビジョンとの一致」が重要な要素だということが見えています。小手先の変更では済まず、全社を巻き込んだ変革となるため障害も多いでしょう。しかし、確実に成し遂げていくことはもちろん、できる限り早く取り組む必要があります。
図表13:AIによる組織変革は下記のアプローチで実行する
出所:Strategy&分析
なぜ急ぐ必要があるのでしょうか。CBインサイツが2023年に公表した「AIレディネスIndex」*2によると、欧米のリテール銀行のAIへの取り組みやケイパビリティには銀行間で大きな差が生まれています。人材、実行力、イノベーションの3点から評価している中で、トップ3行は73~90ポイントに達していました。一方、半数近い24行は20~30ポイントの間に分布しており、8行は10ポイント未満の状態でした。人材、実行力、イノベーションがうまく回ると加速度的に相乗効果が高まるため、今後さらに優勝劣敗が進む可能性があります。こうした海外金融機関の動きに取り残されないためにも速やかに変革に取り組み、3要素がうまく絡む好循環を作らなければなりません。
日本の金融機関においてもリテールの領域でAIを取り入れた事例は出てきました。しかし、まだまだ個別の取り組みやサービスといった印象がぬぐえません。自社の取り組みは単なる既存業務の代替に終わっていないか、それとも業務プロセス改革のレベルに達しているのか、あるいは組織風土改革にまで踏み込んでいるのかをまずは冷静に見極めるべきでしょう。そのうえでAIを主軸にしたトランスフォーメーションに足りない要素を補い、前に進めていくのです。
長寿命化が進む中で日本政府は資産運用立国という概念を打ち出し、新NISA(少額投資非課税制度)といった新たな制度も導入しました。日本人にとって長期の資産形成が身近な存在になりつつある今の状況は、日本におけるウェルスマネジメント事業にとっては大きなチャンスだと言えます。ただ、優良な顧客は多いわけではなく、有望な顧客をきちんと取り込んで育てていかなければなりません。その強力な呼び水になるのが、AIをテコに磨きをかけたウェルスマネジメント事業なのです。今走り出せるかどうかが、先々の優勝劣敗の分水嶺となるでしょう。
*1 PwCコンサルティング合同会社 「生成AIに関する実態調査2023 秋」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/generative-ai-survey2023_autumn.html
「生成AIに関する実態調査2024 春」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/generative-ai-survey2024.html
*2 CB Insights “Retail Bank AI Readiness Index”
https://www.cbinsights.com/research/ai-readiness-index-retail-banking/