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「金融=情報産業」。この事実に30年前から気づいた米国金融機関は、顧客との信頼構築とテクノロジーを両輪にウェルスマネジメント事業を育ててきました。一方、資産形成層が長期投資に目を向け始めた日本。向き合う金融機関は、助言の質や人材の厚みなどに課題があります。ウェルスマネジメントの日米格差を埋め、日本人の資産を増やすには何が必要でしょうか。NECグループで個人向け金融サービスを手がけるPainter 代表取締役社長の岩田太地氏と、PwCコンサルティング パートナーの堤俊也は、AIを原動力にした事業変革とみています。
2020年代に入り、日本がウェルスマネジメント創成期とも言える時代を迎えています。政府は資産運用立国の実現を打ち出し、iDeCo(個人型確定拠出年金)や新NISA(少額投資非課税制度)の拡充・導入に踏み切りました。そして、人生100年時代を見据えた資産形成層が、長期の投資に本腰を入れつつあります。こうしたウェルスマネジメントの創成期を30年前に迎えたのが米国でした。
「米国では政府の旗振りや規制の導入もあり、1990年代から金融機関が顧客本位の営業体制を構築しました。並行してインターネットの発展を取り入れることで投資に関する情報開示が進み、一般市民が投資しやすい環境が整ったのです」。こう語るのは、PwCコンサルティングのパートナーで、戦略コンサルティングチーム「Strategy&」の堤俊也です。
PwCコンサルティング合同会社
パートナー
ストラテジーコンサルティング
Strategy&
堤 俊也
Painterの代表取締役社長で、NECの主席ビジネスプロデューサーを兼任する岩田太地氏も、「米国の金融機関はネット黎明期から『金融=情報産業』の構図を見抜いていました」と指摘。金融機関の持つ複雑な情報が顧客に開放される中、投資助言も絡める形で多様なサービスや投資商品が生まれ、ウェルスマネジメント市場が発展したとみます。
株式会社Painter
代表取締役社長
日本電気株式会社
主席ビジネスプロデューサー
岩田 太地 氏
日本でも同じ時期にインターネット証券やインターネットバンキングは生まれましたが、「価格競争が中心でサービスの創出までは結びつきませんでした」と岩田氏。「日本の『失われた30年』は、インターネットの産業構造改革に追いつけなかったことが要因」と語ります。
米国では過去30年でテクノロジーや情報を武器にしたスタートアップがいくつも生まれ、金融機関を含む多くの企業が淘汰の波にさらされました。この試行錯誤と緊張の中で米国の経営陣が気づいたのが、データを活用し戦略や戦術を編み出すインテリジェンスの重要性です。「データの意味合いを理解して整理してきたときに生まれたのが生成AIでした。まるでデータという石油にAIが火をともすような関係」と堤。米国の金融機関はAIをウェルスマネジメント事業の幅広い領域に適用し、さらに変革を遂げつつあるといいます。
日本のウェルスマネジメント市場が米国の後を追う流れは今後も続くとみられますが、両者には違いもあります。それが資産形成層の厚みです。一握りの富裕層が金融資産の大半を握る米国とは異なり、日本には金融資産が3,000万〜5,000万円のマスアフルエント層の割合が高くなっています。ただ、「今後の金利動向や住宅購入、老後資金などの悩みが多く、財政面でハッピーとは言えません。しかも、信頼できる情報源や選択肢は何なのかと疑問に思っています」と岩田氏は分析します。
投資助言を担うアドバイザーの不足も大きな課題です。「日本におけるIFA(独立系ファイナンシャル・アドバイザー)の数はおよそ8,000人。数万人規模に上る米国や英国に比べて圧倒的に足りません」と岩田氏は続けます。
では、アドバイザーの人数を増やせばいいのでしょうか。堤が首を横に振ります。「そもそも日本には投資助言に対してあまり価値を感じない風潮が強い」ためです。仮にアドバイザーの頭数をそろえたとしても、投資助言に最も必要な顧客からの信頼を得られるかが次の壁として立ちはだかります。その壁を乗り越えるために役立つのがAIだと堤と岩田氏は口をそろえました。
実例があります。岩田氏が社長を務めるPainterの資産運用アドバイスサービス「Shines(シャインズ)」です。クライアント企業が福利厚生の一環として自社の社員に提供する仕組みで、専門性が高く中立的なIFAが一人ひとりの抱える悩みに応じた資産形成プランを提案しています。そのIFAのサポートを担うのがAIです。
具体的には、退職金の受け取り方や退職後のプランについて、公的年金制度や会社の年金制度、顧客のアンケート結果などをAIが分析。行動経済学に基づいた心理アンケートの結果も、AIが詳しく解析します。そこから見える顧客の投資への姿勢などを踏まえて、IFAはアドバイスの仕方を工夫するのです。「『納得のいく相談ができた』という顧客の声が非常に多く寄せられています」と岩田氏は手応えを感じており、相談者の満足度は98.8%。「サラリーマンが中心のマスアフルエント層の不安が解消すれば、企業社員はよりやりたいことに集中できます。それを我々が実現したいと考えています」(岩田氏)。
「最も重要なファイナンシャルウェルビーイングの実現に的を絞った事業は興味深いです。社員のウェルビーイングが高まれば、企業価値向上にもつながるでしょう」と堤もうなずきました。
金融業界に参入してきているのはNECだけではありません。顧客と非常に近い距離で接点を持っている企業も続々と金融リテールの分野に踏み込んでくる事例が目立ちます。迎え撃つ側の金融機関は、AIを活用して早急に顧客との信頼関係を構築する必要がありそうです。
では、金融機関がAIを導入してウェルスマネジメント事業の変革を進めるには、何が必要なのでしょうか。PwCコンサルティングは米国で支援をした事例を基に7つの成功要因を見極めました。
まず大前提として、岩田氏は「AIを含むデジタルは、ウェルスマネジメント事業との親和性が高い」と言い切ります。事実、米国の金融機関では潜在顧客開拓、ファイナンシャルプランニング、顧客のリテンションなどのほか、商品開発や法務リスク対応、研修や能力開発といった多彩なユースケースが急速に増えています。
PwC米国による金融機関への支援実績でも成果は出ており、幅広い業務領域において平均でフルタイム当量(FTE)の10〜15%削減が見込まれるといいます。顧客との初期アプローチの準備時間をAIで短縮できれば対面営業の数を増やせるほか、過去の会話からカギになる情報を引っ張り出すことで、よりパーソナライズした提案ができます。そうなればアップセルやクロスセルの可能性も高まるでしょう。
では、AIをウェルスマネジメント事業に実装するにあたって、具体的にどのような成功要因があるのでしょうか。それをまとめたのが下記の図表で、7つの要素があります。詳しくはPwCコンサルティングのStrategy&が公開したレポート「AI時代のウェルスマネジメント事業」で解説していますが、堤は「出発点である顧客のセグメンテーションに応じたオペレーティングモデルの構築が最も重要で、ここを詰め切れていない日本の金融機関が目立ちます」と強調しました。
ウェルスマネジメント×AI transformationにおける成功要因
航空会社が料金によって座席のクラスを明確に分けているのと同様に、米国の金融機関も各セグメントの顧客にマーケティング手法やサービス内容を明確に分けて利益を追求していることを堤は指摘。「セグメントごとにいかに効率よくサービスを提供し、顧客体験を向上するかという議論なしにAIを導入しても頓挫する可能性が高まります」と注意を促しました。
加えて、AIを単なる業務効率化のツールではなく、チェンジマネジメント(組織を目指す姿へと移行させるための変革)にまでつなげる存在と位置づけることも重要です。Strategy&が挙げる7つの成功要因も、そこを最終的な目的地点としています。
ただ、AIにはアウトプットの面で課題がつきまといます。特に顧客の資産についてのアドバイスにAIを活用するにあたっては、「規制する側とサービスを提供する側の視点から適切なガバナンス体制を構築しなければ顧客からの信頼は得にくいです」と岩田氏は語ります。
日本の組織ではリスク回避の観点からあらかじめすべてのルールを決めがちですが、それではAIの活用が進展しないと懸念。「米国では『ここまで対応しているから使ってもいいよね』という、セーフハーバー(安全な港)を設ける概念でどんどん積極的に使っています」と言い、日本においても同様の考え方でAIのガバナンスを議論する必要性を説きました。
堤も「特に生成AIはミスをするかもしれない人間的な存在だと組織全体で許容できるかが重要」と指摘。「経営陣がそこをのみ込んでトップダウンでAI導入を推し進めれば、AIと使い手の信頼関係を築く企業風土が醸成され、予算のつけ方も変わってくるでしょう」といいます。
金融庁は2025年3月、AIの健全な利活用に向けた論点整理を目的とする「AIディスカッションペーパー」を金融機関向けに公表しました。AIに関する一定のリスクはあるものの、技術革新に取り残されて中長期的に良質な金融サービスの提供が困難になる「チャレンジしないリスク」を踏まえ、「取り組みの進展を期待したい」と訴えています。
これには岩田氏も「金融=情報産業。AIをいかに使いこなしてパーソナライズした顧客体験を提供できるかが、この先の勝敗を分けるでしょう」と同意します。ただ、AIを巡る技術の進展は文字通り日進月歩。それだけに「組織でトライ&エラーを繰り返しつつ、アジャイルにAIを活用する姿勢が欠かせません」と語りました。
海外に出張や旅行をした日本人が、口々に物価の高さを嘆くようになりました。様々な要因はありますが、「日米で30年間かけて開いたウェルスマネジメントの差は大きいと思います」と堤は指摘します。米国金融機関がAIをうまく取り込んでさらに多彩なサービスを生み出そうとする中、日本の金融機関が置いてきぼりになれば顧客である日本人の貧しさはグローバルで見ると相対的にさらに進みかねません。「ウェルスマネジメントに携わるリーダーは、『日本人の富を増やし幸福度を高める』という社会的使命を強く認識していただきたい」と堤は強調し、ためらわず変革に歩み出すよう促しました。
※本稿は日経ビジネス電子版に2025年5月に掲載された記事広告を転載したものです。
※法人名・役職などは掲載当時のものです。