新NISAと目覚める金利が迫る資産形成事業の変革 ―地域金融機関への処方箋を示す―

金融機関が手掛ける資産形成事業のあり方が大きく変わろうとしています。要因は2024年に始まった新NISA(小額投資非課税制度)と、日本国内でも目覚めつつある金利。「貯蓄から投資へ」の流れが一気に加速する可能性がある中、金融機関同士が熾烈な顧客の囲い込み競争を繰り広げています。一方で、金利のある世界においては単純な投資戦略では利益を生み出しづらく、高度な提案が欠かせません。預かり資産ビジネスにおける金融機関の対面営業は、これまで以上に助言の質を問われることになります。

こうした状況下で、地域金融機関はどのように個人の資産形成事業と向き合い、自らを変革していく必要があるのでしょうか。株式会社日本資産運用基盤グループ代表取締役社長の大原啓一氏とPwCコンサルティング合同会社Strategy&パートナーの堤俊也が、資産形成事業を成長につなげるための処方箋について語りました。

※対談者の肩書、所属法人などは掲載当時のものです。

対談者

株式会社日本資産運用基盤グループ 代表取締役社長 大原啓一氏
PwCコンサルティング合同会社 Strategy& パートナー 堤俊也

左:堤俊也 右:大原啓一氏

新NISAが恵みの雨になるかは戦略次第

――新NISAを起爆剤に、NISA口座数や買い付け額の倍増を政府は掲げました。

堤:海外のように投資に対する税制の枠を大きく広げたのは非常に勇気ある行動で、「ようやく流れが来たな」という印象です。ただ、新NISAは政策の1つに過ぎず、序章の段階だと思います。2024年を皮切りに25年、26年、27年といろいろな施策が出てくるでしょうから、そうした「新NISA+α」の動きが総合的なモメンタムとなって、多くの個人が資産形成に取り組むという潮流が生まれるのかなという気がしています。

大原氏:私も同感です。加えて言うならば、非常にタイミングがいいとも感じました。日本国内でもインフレ懸念が高まっているので、これまで以上に老後の生活に対する不安が膨らんでいるほか、若い世代の間でも「将来の資金計画をきちんと考えなければいけない」という機運が生まれています。こうした中で「使わないと損だよ」という新NISAが出てくるわけですから、いいスタートを切れるのではないでしょうか。

――新NISAは地域金融機関のリテール事業にとって干天の慈雨となるでしょうか。

堤:直近10年ぐらいはマーケットに莫大なお金が流れ込み、どの商品に対しても投資をすれば儲かるという状況が続いていました。顧客に対して非常にシンプルなインデックス投信を勧めておくだけで、特にきちんとした投資戦略を考えなくても資産が増えたわけです。一方、海外では生活を圧迫するまでになったインフレ懸念に対応して中央銀行が金利を引き上げたことで、マーケットが非常に見えにくくなっています。金利が上昇した中で、きちんと投資商品の構成を考えたり、資産家の顧客に対しても「ここはもう少しリスクを取るべきじゃないですか」といった助言をしたり、投資戦略に幅が出てくる局面になってきました。何も考えなくても済む助言をこれまでどおり対面販売でし続けていると、インターネット証券会社などに全く太刀打ちできなくなるという危険も潜んでいます。

大原氏:一番強いメッセージとして堤さんと共通しているのは、個人顧客向けの資産形成サービスの戦略をこのタイミングで誤ると、今後10~15年は取り返しがつかないということです。恵みの雨にできるか否かは戦略次第ということではないでしょうか。個人のお金が大きく動くのは間違いないですが、それがビジネスに結びつくかは全く別の話です。「これからはインデックス投信を買っているだけでは資産形成は難しいですよ」と、顧客にきちんと説明をして理解をしていただくために必要な布石を打たなければ、大きな資金の動きを自らの金融機関に引き寄せられないと思います。

顧客のセグメンテーションに見える地銀の弱さ

――具体的にはどのような戦略が必要になりますか。

堤:地域金融機関の方と意見交換をしていると、顧客のセグメンテーションに立脚した戦略をまだ描き切れていないと感じます。米国のように資産形成マーケットの成熟度が日本よりも20~30年先を行っている市場では、どのぐらいの金融資産を保有しているか、もしくは将来的なポテンシャルを持っているかという点で顧客をきちんと仕分けして、それらの顧客に提供する価値設計を定め、どういう収益を上げるべきなのかという戦略と仕組みがきちんと構築されています。

日本の金融機関も、個人顧客をかき集めているネット証券が自社のどういう顧客を奪っているのかという点をきちんと分析するべきです。その際、効率的なアプローチが必要になるマス層(金融資産300万~3,000万円未満)を巡って地域金融機関がネット証券と戦うべきかというと、私はほとんどの場合「NO」だと思っています。地場の顧客でそれなりに金融資産があり、その金融機関のブランドや過去の経緯、歴史的な背景に対して粘着性のある顧客にどう寄り添っていくか。ネット証券が出していない提供価値を志向して実行していくか。それらが極めて大事になるでしょう。

大原氏:いろんな地域金融機関の方とお話ししていると、シニアな富裕層や若年層など幅広い層について、「そこも取りこぼしてはいけませんよね」とおっしゃることが多く、セグメンテーションができていないケースが目立ちます。例えば超富裕層のシニアの場合、大手証券会社や信託銀行、プライベートバンクと地銀が戦えるかと言うと、厳しいものがあると思います。地域金融機関だからこそ信頼感を得られている粘着性の高い顧客のうち、ビジネスの果実を得られる層はどこかと問われれば、私は金融資産が3,000万円から1億円前後のマスアフルエント層や一部のアフルエント層だと考えています。その中でも老後の資産計画が必要な50代以上のシニアが一番のスイートスポットではないでしょうか。自社にとってどの層がスイートスポットなのかを特定して、そこはしっかりと取っていくけれども、それ以外は手をかけないというような選択をしないと、結局は全部取りこぼすことになりかねません。

ネット証券を選択後、8割は非ネット金融機関にも回帰する傾向

――2023年にStrategy&が行った調査で、個人が投資をする際にネット証券を選ぶ比率が直近5年で急拡大していることが分かりました。

堤:運用歴5年超の方が初めての資産形成における取引先金融機関としてネット証券を選んだ割合は28.4%でしたが、運用歴5年未満の方は48.3%にのぼり、ネット証券の勢いが増しています。手続きが簡単なことや手数料が安いことが主な理由ですが、実は厳密に他社のサービスと比較しているわけではなく、口コミやニュースといった印象に近い部分で選んでいることも分かりました。

もっとも、金融機関を選ぶ際の第一候補としてネット証券を挙げた人は32%なのに対し、対面型の大手証券会社は34%だったほか、メガバンクも11%と健闘しています。勢いは急速に増しているものの、まだネット証券の独り勝ちという状況には至っていません。昨今は通信業者といった新たな非金融事業会社の参入も見受けられますので、今後はこういった新手がどのように存在感を発揮するかという点にも注目しています。

――調査の中で、地銀が第一候補となる割合は全体の8%にとどまりました。

大原氏:大手の地銀は地場における決済や預金、給与振り込みや住宅ローンなどで一定のシェアを保持しています。しかし、投資信託をはじめとする資産形成の領域になると、一気に浸透率が下がります。よくて5%程度で、2~3%というケースも珍しくありません。こうしたドロップ率というギャップが、どの地域も非常に激しいです。

堤:過去に比較的金融資産が多い400人程度の方々を対象に調査した際、日々の生活では地銀を利用しているものの、資産形成でも同じ地銀を活用しているのは1割ぐらいでした。地銀を生活のパートナーとして見ているものの、運用の面ではそうみなしていないということだと思います。

――ネット証券を一定程度利用した後に、非ネット金融機関に移行または併用する流入層が8割にのぼるという調査結果も出ています。

堤:ネット証券を利用する中でそれなりに金融リテラシーが高まったり、ある程度の金融資産を積みあげたりした人が、ネット証券と非ネット金融機関のハイブリッドに移行する割合が74%、非ネット金融機関のみに移行する層も6%いることが分かりました。ネット証券を選んだら、非ネット金融機関の方に移ることはない不可逆的な流れだという先入観がありましたので、率直に驚きました。運用による資産の増加や相続などでまとまった規模の資産を持つと、途端にネット証券だけでは消化しきれなくなるので、信頼できるフィナンシャルアドバイザーを求めるということだと思います。

大原氏:私もこの数字には驚いたと同時に、冷静に考えれば確かにそうかもしれないなとも思いました。現状で言えば、「新NISAを始めたい」となった時に、情報収集などでまず目につきやすいネット証券に行くけれども、徐々に金融リテラシーが高まってくると、よりちゃんとしたアドバイスやサポートを受けたいと感じる人が増えても不思議ではありません。一方、非ネット金融機関として選ばれたからと言って安泰というわけではなく、きちんと満足を得られるサービスを提供して取り込めるかが問われることになります。

堤:日本には6,000程度の投信が存在しており、あまりにも多すぎて普通の人は選べないというのが実感です。流行りのテーマに乗って作ったまま残っているということが大きな要因です。新NISAの対象は大幅に絞り込まれることを期待していたものの、23年夏の段階で1,300銘柄にのぼり、さらなる拡大が見込まれています。

大原氏:個人投資家が混乱しかねない状況は新NISAでも続くので、対面でアドバイスをする営業員をそろえている地銀などにとってはチャンスとも言えます。新NISAは一斉にみんなが始めるわけではなく、後追いでどんどん取り組む人が増えるという構図です。ネット証券の次に選んでくれた顧客を満足させるサービスを提供できれば、流入してくる割合を年々高めることもできるでしょう。

顧客の期待に応えられぬ営業員が顧客離脱の要因に

――口座開設の候補として最初に非ネット金融機関を検討した層のうち、18%弱が途中でネット証券に流れたという結果が調査で判明しました。また、そのうち18%(全体の約3%)は営業員との接触後に離脱を決めています。

大原氏:地域金融機関の営業員が現状で提供しているサービスの質が高いという印象はないのですが、営業員との接触による離脱は低い数値にとどまっています。それだけ対面チャネルの吸引力は強いということなのでしょう。ただ、GBA型サービスを求めている層が離脱しているということは深刻です。地銀が対面の強さを発揮して、なおかつ収益をきちんとあげられるスイートスポットに該当し得る層がこぼれているからです。

また、数字自体は低くとどまっていますが、実際に営業員に対して不満を持っている潜在的な離脱層はさらに多い可能性があります。長期的な資産形成をしたいというニーズに対して、どのようにというHowではなく、「この投信や保険はどうでしょう」というWhatで答えているからだと思います。それならばネット証券で事足りますので。

堤:同感です。顧客の期待値が一体何なのかをそもそも把握できておらず、長期間のお付き合いという関係性以上のサービスや助言を提供できていないことが根本的な原因だと思います。

――地銀の中で導入が広がっているGBA型投資一任サービスは解決策の1つになりそうでしょうか。

大原氏:まず大前提として、顧客のカテゴリーによって金融機関に求めているものは異なります。そこをきちんと整理したうえで、自社が大事にしなければいけない顧客を特定して、その領域のサービス効率を高めなければいけません。にもかかわらず、全領域で同じように取り組もうとしていることが、地銀の資産形成事業における根本的な問題点になっていると思います。

GBA型投資一任サービスは、私が地域金融機関にとってのスイートスポットだと考えているマスアフルエント層からアフルエント層の50代以上のシニアに対して、老後まで含めた資産形成をどうするかというHowの要素で期待に応えやすいものだと考えています。また、ある程度フォーマット化したファイナンシャルプランニングもあるので、効率よく取り組める点もメリットです。

堤:難しいのは、GBAの解釈が人によって異なるということです。中長期的な投資だけではなく、リスクを取った手法もあるので、いろいろなパターンが存在します。そうした中で最も大事になるのが、何を目的に資産形成しているのかということを営業員と会話しつつ資産を投じていくファイナンシャルプランニングの部分です。

大原氏:加えて言えば、どのようなGBAであれ資産は変動するので、継続的なサポートが必要となることは間違いありません。これは対面アドバイスの強みが一番生きるところですし、ゴールに沿った定期的なフォローアップの接点を持つというのはネット証券にはできないことだと考えています。

モノ売りからサービス提供へ、意識改革欠かせず

――資産形成に関心を持つ個人投資家の増加が見込まれる中、地域金融機関が既存顧客の流出を防ぎ、ネット証券からの流入層もきちんと取り込むために必要な手立ては何でしょう。

堤:繰り返しになりますが、顧客をきちんと選別するカスタマーセグメンテーションです。かなりメリハリをつける必要があるので、結果として逃げていく顧客もいるでしょう。そうした顧客から得られる収益について費用対効果を分析する必要はあると思いますが、基本的に私は逃がしてもいいと考えています。

加えて、抜本的な人材育成の改革も必要です。新しい商品を導入するといった小手先の対応にとどまっている金融機関が多く見受けられますが、それでは意味がありません。トップダウンできちんと目指すべきモデルを示し、人事にまで切り込んで全社アジェンダとして改革を進めていく必要があります。

大原氏:私からも1つだけキーワードを挙げるとするならば、非常にシンプルですが「意識改革」です。これまでのようにプロダクトを売るという発想から、サポートやサービスを提供するという方向にガラッと意識を変えなければいけません。その際に重要となるのが、組織をいかに作り、人材の育成や評価の手法、サービスをどう変えていくかということです。経営陣が主導して、全ての概念を新しいものに置きかえる必要があります。今は金融商品を販売するのに最適な組織になっていると思いますが、サービスやサポートを提供するために最適な組織へと改革していかなければなりません。

――具体的に、どういうことに取り組むべきでしょうか。

堤:まず、プッシュ型営業と言うと悪くとらえられがちですが、ウェルスマネジメントの領域ではニーズを生み出すきっかけになりますし、必ずしも悪いものではありません。ただし、大前提として確固とした顧客との信頼関係が必要であり、それがあるからこそ時にはリスクを取った提案も積極的にできるようになります。その点、多くの金融機関は5年ぐらいで転勤や配置転換を行う仕組みを採用していますが、それでは顧客との信頼関係構築にはなじみません。個人の希望に応じて、資産形成分野のプロフェッショナルとしてキャリアを積める道も用意するべきだと思います。

米国ではファイナンシャルアドバイザーをセラピストとしてとらえている向きもあります。営業員をいつでも相談に乗ってくれるセラピストという存在にできるかどうかが信頼関係構築のカギになりますし、営業エリアがある程度限られている地域金融機関であれば、実現しやすいと考えています。

大原氏:地域金融機関は何十年も地元でビジネスをして、ブランドや顧客との信頼関係を築いてきているので、そこで働く営業員には地元顧客のセラピストになるポテンシャルが十分に備わっていると感じます。その部分を今後高めていくには教育も大事ですが、何より仕組みや仕掛けを整えなければいけません。結局、人は組織という箱や人事評価という物差しをにらんで行動することが多いからです。例えば、教育や指導を行う人の置き方が典型例です。GBA型投資一任サービスを導入しようにも、過去に金融商品をとにかく売りさばいて実績を上げてきた人が指導役や企画役を担っていると、成功体験にとらわれて何も変わりません。

また、組織のあり方や価値観を異なるものに移行していくのは非常に難しいだけに、経営陣のコミットメントが不可欠です。当社のGBA型投資一任サービスを導入している金融機関で印象的だったのは、「すぐに結果が出なくてよかった」という幹部の声でした。GBA型サービスへの転換というのは長期で取り組むものですので、「すぐに結果が出るのはそもそも変だ」というわけですね。数字が出ない中で「でも、やり続けるんだ」と経営陣が腹をくくってメッセージを発信できるというのは、なかなか簡単なことではありません。しかし、そうした本気の度合いが組織内に伝われば、変革は進むと思います。

金利の目覚めを契機に多角化事業の選別を

――長らく眠っていた金利が足元で目覚めようとしています。金利のある世界において、資産形成事業のあり方は変わるでしょうか。

大原氏:預かり資産ビジネスは長期的に見るとポテンシャルが非常に大きいと思いますが、銀行の本業から比べると割合は高くありません。貸し出しなどの本業で儲けられる環境になってくれば、資産形成の部分からは手を引いて、システム面を含めた投資もやめてしまうという考えはあっていいと思います。実際、「この領域はやらない」と決める金融機関も出てくるのではないでしょうか。外部の証券会社などと組むことで提供できるサービスもありますので。むしろ、中途半端にこれまでのあいまいな戦略を引きずって、やり続けるのが一番よくない気がします。

堤:私も資産形成事業で全ての地域金融機関が儲けられるとは思っていません。地域経済のサイズがそれなりにないと顧客基盤が整わないからです。残念ながら、脱落していく金融機関が出てくるでしょう。

近年の日本を見渡すと、金利がある世界というのは異例のことで、リテール事業は赤字ビジネスという認識が当たり前のものとなっていました。そこで多角的に稼ぐための知恵を絞ってきたというのが、この10年の動きです。多くの地域金融機関が総合コンサルティング、地域振興ビジネス、マーケティング事業などさまざまな領域への進出を検討し、多角化を進めようとしてきました。金利が目覚めるタイミングで、これまでやってきた事業を本当に続けるべきかどうかを改めて見定めるべきだと考えています。資産形成事業も同様で、「地場の顧客にフィットするのか」ということをきちんと再考する時期を迎えているのではないでしょうか。

大原氏:その一方で、地銀以外に相談相手になってくれる存在がない地域もあるはずです。これから個人にとっての資産形成が非常に重要になっていく中で、「うちはビジネスの効率性を考えて対応しません」というのは、少し残念に感じます。地元の顧客が抱える大切なニーズなので、自前でやるかどうかは別としても、真摯に向き合っていく姿勢を期待したいですね。


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堤 俊也

堤 俊也

パートナー, PwCコンサルティング合同会社

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