前回は顧客のセグメンテーションに立脚した戦略の重要性を強調しました。例えば対面営業が強みの地域金融機関では、マス層(金融資産3000万円未満)を巡ってインターネット証券と戦うべきではないでしょう。今後のライフイベントを見越して将来的に一定規模の金融資産を保有しそうか、自分たちの金融機関のブランドや歴史に親しみを持っているかなどを踏まえて顧客を洗い出し、ネット証券と異なる価値を提供する必要があります。
ここでも米国の事例が参考になります。米大手証券各社は20年以上にわたる試行錯誤の末、顧客との関係性を重視した残高フィー型事業モデルに転換しました。報酬や評価の体系、人事制度に至るまで経営陣が改革に深くコミットし、顧客とファイナンシャルアドバイザーの信頼関係を構築するための変革をやりきったことが成功の要因です。
日本でも残高フィー型事業モデルを意識した動きは広がりつつあります。しかし、ファンドラップ販売や投資戦略の助言を主軸にした従来型の商品中心の営業モデル強化にとどまっている印象が否めません。
本質的な転換には全社レベルでの変革が必須で、特に人事評価制度の抜本的な見直しが要です。例えば多くの金融機関が3~5年で営業員を配置転換する制度を採用していますが、これでは顧客との信頼関係を構築できません。長期的に同じ顧客と接点を持てるキャリアパスを用意するべきです。
また、米国ではファイナンシャルアドバイザーをセラピストとしてとらえる向きがあります。日本では金融商品というモノを売る販売員の範囲から抜け出せていないため、発想を転換して人材育成、評価制度や組織文化も再構築すべきでしょう。
足元で金融市場は上昇基調にありますが、やがて下落すれば投資意欲が一気にしぼみ、預かり資産が流出しかねません。それを防ぐ最も重要な要素が顧客との信頼関係であり、信頼があるからこそ時にはリスクを取った提案もできるのです。
(2024年6月3日付、金融経済新聞)