マーケターのジレンマ

マーケターのジレンマ: マーケターとパートナーが必要とする新たなケイパビリティ

エグゼクティブサマリー

メディアやマーケティングを取り巻くエコシステムは、デジタルの発達によってその形を変えつつある。そこでは、テクノロジーと体験とコンテンツが融合し、従来の広告に急速に取って代わろうとしている。このような展開は、5,000万ドル以上の広告予算を自由に使えるようなトップマーケターに次のような大きなジレンマを与えている。

「選択肢や情報量が急増する中、マーケターがターゲットユーザーに最も効率よく効果的に関わるために、時間と資源をどこに集中投下するべきか」

この問題に対し、多くのマーケターが積極的に答えを出そうとしている。彼らは、メディア消費の変化に追いつくためには、今までと違ったスキルや働き方が必要だということを知っている。また、ユーザーを引きつけるために必要なコンテンツや配信方法をデザインするためには新しいパートナーシップが必要だということも分かっている。こうした中、マーケターの中でもメディア企業(発行者)とマーケティングサービス・プロバイダー(代理店)は、今後も現在のポジションを維持したいのであれば、大幅な進化を遂げる必要があるだろう。ソーシャルメディアやモバイルが大きく成長する中、メディア企業は新しい広告製品を生み出し、コンテンツ配信戦略を見直す必要がある。また、データを使ってオーディエンスを分析・理解し、顧客により大きな価値を提供できるようにしなければならない。一方、マーケティングサービスを行う企業は、もっとコンテンツや知的財産開発に軸足を移し、サービス提供者から戦略的ビジネスアドバイザーへと進化し、多くの顧客のマーケティングやメディアミックス全体にわたって、マーケターが実験段階から規模を伴った実地への移行を加速できるようにしなければならない。


マーケターのジレンマ

デジタルビデオ、ソーシャルメディア、ネイティブ広告、プログラマティックバイイング(リアルタイムの広告自動買付)、アプリ広告、メッセンジャー広告。現代のマーケティングのレパートリーの中は、ほんの数年前には、さほど大きな存在ではなかったものばかりである。だが、これらはほんの数例にすぎない。今日のマーケターは、ターゲットオーディエンスにメッセージを届けるために、これまでにないほど多くの選択肢を持っている。にもかかわらず、そのユーザーの注意を引き、心をつかむことがこれほど難しい時代もない。私たちは、この困難な状況を「マーケターのジレンマ」と呼んでいる。これがとりわけ深刻なのは、マーケター、メディア企業、およびマーケティングサービス・プロバイダー(代理店など)が必要とするケイパビリティ要件を次の3つが大幅に変えてしまったからである。

  1. モバイル(小画面)への移行
  2. 第1に、コンテンツ消費が携帯機器の小画面へ大量にシフトした。米国の成人は毎日12時間のメディア消費のうち、約25%を携帯機器で消費している。視聴時間でいうと、まだテレビが首位を占めている(全体の約3分の1)ものの、携帯でのビデオの視聴が増え、大画面を見ながらの並行作業が増えているため、テレビ視聴はもはや、テレビを中心とした体験ではなくなっている。
  1. インフルエンサーの変化
  2. 若い世代の消費者は、これまでのインフルエンサーを、それほど意味があるとは考えていない。映画スターやテレビ俳優より、ユーチューブの登場人物の方が、はるかに自分と意気投合できる存在と考えている。アメリカのエンターテインメント業界誌「バラエティ」の調査によると、13歳から18歳までの若者に、最も影響を受けた人物は誰かと尋ねたところ、上位5人はすべてユーチューブのタレントで、トップはオンラインのお笑いチーム、スモッシュ(Smosh)だった。
  1. 広告の影響力低下
  2. 消費者は従来の広告メッセージにもそれほど注意を払わなくなっている。ハーバード・ビジネス・スクールが行った最新の研究によると、高い注目を浴びている広告の割合は、1990年代初めには97%だったのが、現在では20%未満にまで激減している。ユーザーは、HDレコーダーから広告ブロッカーまでいろいろなテクノロジーをどんどん使えるようになり、広告なし、あるいは広告の少ない配信契約環境でも、質の高いコンテンツが多く利用可能となっている。

かつての安定したバリューチェーンの中では、それぞれのプレーヤー(広告在庫の主なサプライヤーとしてのマーケターとメディア企業、一次的なマーケティング・サービス・プロバイダーとしての代理店、そして最終消費者)には、明確に規定された役割があった。(図表1参照)。


従来のマーケティング・バリュー・チェーン


消費者に向けてマスメッセージを押し出すテレビキャンペーンから、最終的な店舗での取引にいたるまで、一連の接点は管理下にあり、仕事はその接点と接点の間を直線的に流れていた。

しかし、ケイパビリティ要件の変化、またそれを牽引しているテクノロジーのおかげで、従来のリニア広告*やマーケティングのバリューチェーンは、ダイナミックで複雑なエコシステムの中で崩壊しようとしている。新しいマーケティングのエコシステムでは、顧客は中央に位置取り、自身をどこで見つけることが出来るか、どのようにブランドのメッセージやコンテンツや情報を受け取れば、自身の関心を引くことが出来るかを指示するのである(図表2参照)。


新しい顧客中心のマーケティングエコシステム


図2で接点が拡大しているのは、マーケターが、自社の直販(DTC:Direct To Consumer)ECの販路を増やした他、メディアへの支出を多様化し、コンテンツマーケティングなどの新しいビジネスチャンスにも費用を投入するようになったからである、これらの接点は「常にオンの状態」である。すなわちマーケターは絶えず消費者の発するシグナルに耳を傾け、適切な方法で対応することができるのである。

次のシナリオを考えてみよう。日曜日の午後、自宅にいる消費者が、ヨガのアパレル企業からスマートフォンに送信されたメール広告を見るとする。彼女はこの会社の携帯アプリを開き、いくつかの商品に目を通す。20分後、彼女のフェイスブックのフィードに、ヨガパンツの広告が送信されてくる。そして結局彼女は同社のサイトをクリックして買い物をする。以前存在した時間のかかる「ファネル(購買過程)」は崩壊し、今は非常にスピーディーで、ターゲットを絞り込んだ、よりインタラクティブな購入手段になっているのである。


マーケターのニーズの変化

この新しいエコシステムは、マーケターの基本的な考え方を変えてしまった。古典的なマーケティングファネルでは、認知から購買へどのように移動させるかを考えていた。しかし今では、顧客とのあらゆるやりとりが、その顧客を取引へと向かわせるチャンスであるばかりか、すぐ次の段階で取引を行わせるチャンスでもある。あるCMO(Chief Marketing Officer、最高マーケティング責任者)が言ったように、「すべてが購入と隣り合わせ」なのである。こうした変化は、古参のマーケターに新たな―その役割の拡大という―プレッシャーをかけている。かつて、ファネルの上部はブランド広告、ファネルの下部は直接反応マーケティングという区別があり、マーケティングと販売は区別されていたが、今ではそれがどんどん曖昧になっている。新しい考え方はこうだ。できるかぎり正確に、迅速に、個人的に顧客に関わり、その気持ちを変えること。マーケターの影響力の拡大が必ずしも組織の上下関係に表れるわけではないが、デジタルの影響を扱う最前線で長く仕事をしてきた先ほどのCMOは、顧客体験のタッチポイント統合を通じて、自身の非公式な影響力が高まっているのを感じている。

Strategy&は過去6カ月間、消費財、テクノロジー、メディア、サービス、小売りなど、幅広いさまざまな業界のCMOやマーケティング担当上級幹部を対象に、一連のインタビュー調査を実施してきた。この調査では、優先項目の変化、一層複雑化するマーケティングやメディアへの対処方法、業者やメディアチャンネル、パートナーなどがますます収束していく中で、何を予測しているか、といった点について重点的に話を聞いた。

私たちのインタビュー調査では、マーケターがこの新しいエコシステムを乗り切っていくのに欠かせない重要なケイパビリティについて、5つの主要なテーマが浮かび上がってきた。同時に、マーケターの中でも主要な発信者であるメディア企業(発行者)とマーケティングサービス・プロバイダーは、今後もそのポジションを維持したいのであれば、大幅な進化を遂げる必要があることが分かった。ソーシャルメディアやモバイルが大きく成長しているため、メディア企業は新しい広告製品を生み出し、コンテンツ配信戦略を見直す必要がある。また、データを使ってオーディエンスを分析・理解し、顧客により大きな価値を提供できるようにしなければならない。一方、マーケティングサービスを行う企業は、もっとコンテンツや知的財産開発に軸足を移し、サービスの提供者から戦略的ビジネスアドバイザーへと進化し、できるかぎり多くの顧客のマーケティングやメディアミックス全体にわたって、マーケターの実験から規模を伴った実地への移行を加速していかなければならない。

顧客から直接インサイト(洞察)を得る

マーケターは、顧客はどういう人々なのか、どんな風に行動するのか、何を欲しがり何を必要としているのかについて、詳しく把握しようとしている。そこへ、こうしたニーズをかなえる強力なケイパビリティとして、ビッグデータが登場した。インタラクティブ・アドバタイジング・ビューロー(IAB)とウィンターベリー・グループ(Winterberry Group)は、2016年にマーケターが注目すべき2つの最重要領域として「クロスデバイス・オーディエンス認知」と「ターゲット・オーディエンス・メンバー高性能解析」を挙げている。だが、顧客の過去のやりとりに関する「リトルデータ」の方が、次の取引の可能性を高めるために体験をどう組み立てるかの判断に役立つことが多い。マーケターは、極めて重要な一握りの行動シグナル―過去に発信され、今後を予想しうるもの―を見つける必要がある。なぜならそれは、マーケターの現在と未来をマーケティングターゲットに結びつけ、行動志向のマーケティングイニシアチブへ変えることのできる最善の手段だからである。

顧客を理解する最良の方法は、直接情報源を訪ねることである。ある飲料会社のマーケティング担当上級幹部が言った。「消費者と直接の関係を築くことができれば、直接取引ができなくても、その関係はまさに成功の証しとなる聖杯である」と。ジレット(Gillette)やルクソティカ(Luxottica)といった大手メーカーが、ワービーパーカー(Warby Parker)やハリーズ(Harry’s)などの直販オンライン企業を見習っているのはそのためである。1対1の関係を作り上げれば、親しみの好循環を生み出すことができる。サイトの使用法や消費の知識があれば、企業はよりよい顧客体験の開発を進めることができる。既存顧客の習慣や好みについての洞察を強化すれば、市場を一段と細かくセグメント化し、新しい顧客に向けたメッセージをさらに効果的にすることができる。例えば家具メーカーが自社の消費者に関するデータを持っていれば、最大の潜在購入者が45~55歳の女性で、子どものアイビーリーグ大学入学に関する情報をフェイスブックで共有していて、新車を購入したのは4年以上前という層であることが分かるだろう。テレビはすでにこの方向へ動きつつあり、ネットワークは自社のユーザーデータを活用している。

直販によって、ブランドが消費者のストーリーや体験を管理できるようになる

マーケターが自社の顧客について知識を深めるには、直販能力の構築を始める必要がある。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットは、直販事業をしているメーカーの割合は、今後1年間で71%増加し、全メーカーの40%以上を占めるようになると予想している。直販することで消費者データを入手できるだけでなく、ブランドが消費者のストーリーや体験を管理できるようになる。経済的な視点からいうと、小売り仲介業者への依存度を減らすことで、その分の資金を、他の重要なデジタルケイパビリティへの投資へ回すことができる。だが、マーケターが直販戦略を正しく実施するには、マーケティングとその他の業務部門の間にある部署―例えば営業や顧客サービス―とのサイロ(縦割り)を減らし、統合を進める必要がある。

ブランド体験を統合する

かつて、マーケティング部門はテレビで大規模広告キャンペーンを開始したら、椅子にもたれて一息つく、という時代があった。しかし現代の非線形の世界では、一つのマーケティング活動が、いくつもの潜在的活動と結びついていなければならない―しかも、それが常に販売と隣り合わせでなくてはならない。消費者テクノロジー大手企業のCMOの言葉を借りると「決して孤立したマーケティング活動をしてはならない。あらゆるマーケティング活動は統合キャンペーンの一環」なのである。このCMOの企業は、「音楽、ビデオ、小売り体験ゾーン、デジタルアバター、ソーシャルなど、人々が関心を持つあらゆるポイント(パッションポイント)で体験を生み出すこと」を2016年の目標としている。

マーケターは、顧客の体験における重要な瞬間を発見し、重点的に投資することが必要となる

マーケターがブランド体験の統合を進めるには、まず、顧客の体験における重要な瞬間を見つけ、その瞬間へ重点的に投資することが必要となる。ハイアットのCMOであるミリアム・バニカリムは、マーケターは指針としてブランドの目的を重視すべきであると提言した。この新しいエコシステムの中では、顧客、特にミレニアル世代をはじめとする若者層は、ブランドが目的を持ち、それをあらゆる接点で表現し、その目的に常に忠実であることを期待している。ハイアットにとって、組織の目的―「お客さまが最高の状態でいられるようにお世話すること」―は、単なるメッセージではなく、事業活動のあらゆる面を統合する大原則となっている。目的があると、「自分の特定の業界の狭い領域を超えて考え」、消費者の生活に触れる新しい画期的なアイデアを発見できる、とバニカリムは言う。例えば、ハイアットはカーン・アカデミーと提携し、すべての生徒がより高い目標を設定し、それに到達できるように、接客トレーニングだけでなく、オープンソースの生活技能トレーニングを実施した。企業は組織の目標を実現するために、組織全体のトレーニングに投資し、さらに適切な基準を設けて、その進展度合いを評価しなくてはならない。

ブランドによる統合的な顧客体験が必要ということになると、マーケティング組織の中には、対立が生まれる。片方は、極めて専門的な分野と肩書(「ペイドメディア部長」や「ショッパーマーケティング部長」など)を作ろうとし、もう片方は、総合的な体験を中心としたもっと万能的な役割を作ろうとする。たしかに、CMOの仕事はいろいろな意味で、「最高統合責任者」になることではある。CMOはデジタルおよびリアルのソーシャルサイトや携帯アプリを統合し、店内体験を提供しなければならない。このような体験は、従来のマーケティングの枠を超えて、販売機能(小売り)へと拡大している。こうした取り組みを可能にするため、企業は組織構造の中や、技術的な実現要因、そしてすべてのメディアプラットフォームにおいて存在する、縦割り的な部門と部門の間に架け橋を作らなければならない。イーコンサルタンシー(Econsultancy)とアドビ(Adobe)の両社が2015年7月に行った共同調査によると、統合されていない技術プラットフォームと組織構造が、マーケティング活動の確実な統合を妨げる最も大きな障害要因に挙げられている。

コンテンツを革新する

マーケティングのメッセージで、消費者の注意を捉えるのは難しい。しかし若者は、ソーシャルメディアのプラットフォームのブランド宣伝コンテンツが、楽しくあるいは有益で共有可能であれば、喜んでそれに関わっていこうとする。例えば、俳優のコーディ・ジョンズは、コカ・コーラやアメリカン・イーグルなどのブランドの宣伝のためにスナップ写真や動画やツイートをアップし、多数のファンにメッセージを届けている。(ジョンズのツイッターのフォロワーは35万6,000人、インスタグラムのフォロワーは62万6,000人、動画は14億回以上再生されている)

こうした魅力的なコンテンツを求めていく中、「旧来型」の広告キャンペーンを行う業者から離れるマーケターが増えている。あるCMOの語ったところによると、代理店は「コンテンツマーケティングがうまくない」のだという。代わりに、マーケターはメディア企業に直接接触するようになっている。フィリップスのマーケティングコミュニケーション部門のグローバル責任者であるエバ・バレットは、次のように述べている。「今ではメディア企業と直接仕事をしています。そうすれば最高のコンテンツが作れるからです…この事業にはジャーナリストにも参加してもらっています…彼らは当社のオーディエンスにぴったりの、素晴らしいストーリーを作り上げることができるのです」。こうしたデジタル企業の多くは、メディアと製品のハイブリッド企業で、有益なケイパビリティを示してくる。2008年にスピリッツメーカーのディアジオ(Diageo)が、カクテルを主役としたコンテンツマーケティングのウェブサイトを立ち上げた時には、そのサイトの制作と管理は代理店が行っていた。その後、ディアジオのサイトは進化し、今では直販活動の中核を担っている。だが現在、その設計と管理を行っているのはデジタルメディア会社である。

投資利益を得るために実験を行う

マーケティング活動による投資利益を求める圧力が強まっている。デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネスが調査したCMOの61%が、CEOや取締役会からの、マーケティングの価値を証明せよという圧力を感じると回答している。だが、起業家精神を持って、新しく登場したプラットフォーム(スナップチャット(Snapchat)など)やフォーマット(スポンサー付きツイートやフェイスブック・ライブ・ビデオキャストなど)を実験してみることもCMOの仕事なのである。米国オリンピック委員会のCMOであるリサ・ベアードが言うように「常に試し、そこから学ぶ、という繰り返しです。休みはありません」である。

販路の拡大は、ただマーケティングの拡大につながるだけではなく、よりスマートなマーケティングに つながらねばならない

マーケティングがさらに技術集約的になると、マーケターは最新のキャンペーンテクノロジーを実験してみなければならないが、それには斬新な「業界最高の」マイクロソリューションが求められる場合が多い。ますます増える販路としのぎをけずるマーケターにとって、どこにマーケティング費用を配分するか決めるのは難しい問題である。だが販路の拡大は、ただマーケティングの拡大につながるだけではなく、よりスマートなマーケティングにつながらねばならない。今日のマーケティングエコシステムの中では、最大の投資利益を確保するため、投資の優先順位を決めねばならない。それを効果的に行うために、企業はそのマーケティングの判断に有益な情報を与え、最終判断の決定を可能とするポートフォリオ最適化の手段を作る必要がある。有名な話だが、コカ・コーラはリソース(時間、エネルギー、努力、資金など)の70%を、すでに効果が明らかな「実証済み」へ投資し、20%を対象規模に合わせて増減させる実験的投資とし、10%をまったく新しい活動へ集中投下するという手段を取っている。マーケターは、初期投資、業界、組織規模、目的といった要素に基づいて、独自の投資手段を策定する必要があるだろう。

企業によって、戦略は異なるため、適切なマーケティングミックスも異なってくる。しかし、マーケティングに適用されるポートフォリオ管理の原則は変わらない。投資効果があればそれを分析し、可能な限り多く素早く拡大する。投資利益が少なければやめる。CMOはこうした実験を行いながら、同時にマーケティングを支えるテクノロジーのインフラを効率化しなければならない。しかもそのすべてを迅速に行い、進行中の実地実験と測定の素早い周期に合わせていかなければならない。

仮に相手を信頼していても検証は行う

一見逆説的なようだが、透明性が高く、データや測定基準が入手できても、非常に強い不信感を抱くことはある。マーケターは、まだ初期段階で規制のない「未開拓地域」のデジタル広告は信用しないが、同じように、定評のある仲介業者やパートナーも信用しない。マーケターは、ほとんどのデジタルフォーマットに対して、詐欺行為がないかと非常に強い懸念を抱いている。例えば、マーケターの60.7%は、携帯電話でビデオが簡単に視聴できることを非常に、あるいは極めて懸念していると答えている。それも無理はない。グーグルの調査によると、提供しているデジタル広告のなんと56%は、実は1人も視聴者がいないというのだ。

マーケターとの付き合いの長いパートナー(指定広告代理店)に対する、新しいデジタルインターミディエイト―オーディエンス向けのマーケターからの要求と、メディア企業の在庫を合致させる広告テクノロジープラットフォーム―への不信も広がっているようである。メディア企業から「見返り」を受け取っている代理店についてのニュースに不快感が広がり、2015年の「メディアパルーザ」と呼ばれる代理店のレビューにも影響した。この年には、代理店の再選考レースで代理店に支払うメディア費用が300億ドル以上増加したと見積もられている。

このような状況であるため、マーケターは、相手を信頼していても検証はしっかりする必要がある。フェイスブックのような大手広告プラットフォームはすでに、100%のビューアブルインプレッション 1を保証するオプションを追加している。また、不正防止分析をサービスとして提供するMoatのような新テクノロジーソリューションもある。こうした方法を利用し、パートナーに透明性を求めて、自社の資金が効率よく用いられていることを確認するのが賢いやり方である。また社内的にも、定期的に情報を見直すプロセスを確立しておく必要がある。


メディア企業に必要な新たなケイパビリティ

こうした中、マーケティングや広告業界のあらゆる企業は、今新しいケイパビリティを構築して、このダイナミックな変化を生かし、その立場を強化する必要がある。

その中で、広告費の大部分を受け取っているメディア企業は、その市場シェアを維持しつつ、このチャンスを生かして、マーケターともっと集中的かつ直接的に仕事をする新たな方法を見つける必要がある。そのためには、次の3つの重要なケイパビリティを構築しなければならない。

広告製品のイノベーション

広告ブロックなどに対応して、ネイティブ広告が急速な伸びを見せている。コンテンツ制作をコアケイパビリティとするメディア企業は、そのおかげで、成長するブランドコンテンツ事業に独自の適応力を発揮している。多くのメディア企業は、新しい事業部門として、ブランドコンテンツのスタジオを立ち上げている。CNBCなどのケーブルネットワークは独自のグローバルマーケティング代理店を開始し、バズフィードなどのメディア企業はクライアントであるマーケターのために、顧客ブランド名の付いたコンテンツの開発に優れた力を発揮している。ニューヨークタイムズ紙のTブランドスタジオは、フィリップスのような大手ブランドのために、あるいはそうした大手ブランドのスポンサーを受けて、カスタムメイドの臨場感あふれる報道ニュースを定期的に開発している。アトランティック誌は、2016年にはネイティブ広告が売上の75%を占めるようになると予想している。しかしブランドコンテンツやネイティブ広告は、規模の問題という悩みの種を抱えている。多くのメディア企業はまだ、ネイティブ広告の制作にあたって、どれほどの分量であれば費用効率が高く、こうした新たなビジネスを拡大していけるのか分かっていない。また、消費者の好みも次々と変わっていくため、今日のネイティブ広告がいつまでも、人の心を最も強く引きつける広告製品であり続けるかは分からない。現状への満足感を戒め、消費者との関連性を保ち、マーケターのパートナーであり続けるため、メディア企業は常に自らに問いかけ続け、ブランドコンテンツを見直すように投資を行う必要がある。

「今から5年後、広告はどんな風になっているだろう?」

「ブランドが顧客と対話できるようなポートフォリオを開発するにはどうすればいいだろうか?」

例えば、ハースト・コーポレーション(Hearst Corporation)のコスモポリタン誌は先ごろ、スナップチャットの「ディスカバー」チャンネルで、新しいタイプの広告を試みた。ユーザーはスナップチャットから離れることなく、ランコムやターゲット(Target)の広告から直接製品を購入できるのだ。これらは10秒広告で、その中では広告をスワイプアップ(指でタッチしそのまま上方へ滑らせる)するよう呼びかけている。ECの広告も、ネイティブ広告より規模を拡大しやすく、マーケターやユーザーのニーズに対応する製品といえそうである。

インフラとテクノロジー構築へ投資すれば、メディア企業はブランドコンテンツ製品にイノベーションを吹き込むことができる。テクノロジーとインフラのケイパビリティ構築によって、途切れることなく広告イノベーションを生み続けられることを示す見本が、ワシントンポスト紙である。同紙は2014年に、アマゾンの設立者のジェフリー・ベゾスに買収されたが、それ以来、広告製品のイノベーション専門チーム(Red)を設置した他、テクノロジー関連の疑問が生じたらすぐ対処できるように、ニュース編集室に技術チームを配置した。またテクノロジー(インメモリー・コンテンツ・キャッシング、組み込みアナリティクス(embedded analytics)など)に投資を行い、インタラクティブな機能性と魅力的な表示オプションを提供する特許技術搭載の動画形式、「フレックスプレイ(FlexPlay)」を立ち上げている。

「O+O」を越えた配信

今、消費者が真っ先に探すのは、プラットフォーム上のコンテンツである。例えば動画を考えてみよう。米国の多くの視聴者にとって、3大テレビネットワーク―NBC.com、CBS.com、ABC.com―のウェブサイトは、3大デジタル動画プラットフォームに取って代わられてしまった。2016年3月のインターネットユーザーの報告によると、最も良く利用されている動画プラットフォームは、ユーチューブ(80%)、フェイスブック(64%)、インスタグラム(25%)の3つだった(インスタグラムはフェイスブックの子会社でもある)。だが2015年8月にeMarketerが発表した調査では、ブランド動画コンテンツを配信するメディア企業のうち76%が、自社が所有し運営している(O+O)サイト(Owned+Operated)を基本のチャンネルとして用いていると回答している。

メディア企業は、マーケターが求めるリーチ(広告到達率)を提供できることを示すために、O+Oチャンネルだけではなく、第三者チャンネルも含めた包括的なコンテンツ配信手段を開発する必要がある。AOLアドバタイジングの上級副社長であるマルタ・マルティネスは次のように語っている。「今ではコンテンツの方から消費者を探しに行かなければなりません。携帯機器であろうと、ソーシャルネットワークであろうと、時には素早く、時には時間をかけて、強く深く消費者の心をつかむストーリーを見つけなければなりません」

先に述べたスナップチャット、ターゲット、ランコムの例では、コスモポリタン誌は、第三者プラットフォームとのパートナーシップを活用し、新しいタイプのコンテンツやECの統合によって、広告主に(若くて価値ある)スナップチャットのオーディエンスへのアクセスを提供できるのである。売上減少を軽減する唯一の方法は、先取り的にパートナーシップを結び、売上共有モデルを可能にすることである。テレビのDNAを持ったメディア企業は、フェイスブックのような大手や、ベライゾンのGo90のような新規参入企業など、複数のプラットフォームとコンテンツ配信について交渉する場合、現在持っているケイパビリティを大いに活用し、その第三者プラットフォームにおける自社コンテンツの潜在収益を最大化するべきである。出版関係やデジタルネイティブ広告のメディア企業も、同様である。

セグメンテーション

多くのメディア企業は大手プラットフォームにリーチを奪われてしまったが、忠実なオーディエンスに他では味わえないコンテンツ体験を提供するケイパビリティはまだ残っている。そのため「量より質」で勝負し、自社のオーディエンスはそのコンテンツにより深く熱中し、他者にも推奨したり共有したりして、購入を検討する可能性が高いということを証明しなければならない。エコノミスト・グループのグローバル・マネージング・ディレクターで1843誌の発行者であるニック・ブルンデンは、次のように述べている。「私たちは今や…ひっきりなしに入ってくるマーケティングメッセージに、消費者が抵抗を示すところまで来てしまった…質の高いものを作ることを考えなければならない。その質というのは、消費者に根差していなければならない」。メディア企業が独自のユーザー基盤をよく把握していればいるほど、高い価値を引き出し、オーディエンスに合ったコンテンツを提供することができる。こうした取り組みによって、その企業に深い関心を持ったオーディエンスをマーケターに提供できるようになる。

メディア企業が自社のオーディエンスについて明確な考えを持つようになれば、その知識を使って、コンテンツ制作やブランドコンテンツの分野の他のケイパビリティも強化することができる。消費者理解にもとづくケイパビリティとコンテンツの開発は、市場においてもそう簡単にまねできるものではない。

だが、オーディエンスに関する私たちの知識も以前と同じではない。そして、シェル・ブランド・インターナショナル(Shell Brands International)のブランド担当グローバル副社長でCEOのディーン・アラゴンは、時代に遅れないようにとメディア企業に警告している。「コンテンツのセグメンテーションは、メディアのセグメンテーションに後れを取っている」。従来、オーディエンスは性別、年齢、居住地によって示されていた(例:男性、18歳から49歳の年齢層、ニューヨーク市在住)。今日、オーディエンスの概念は劇的に進化し、関心(音楽、スポーツなど)、人生の出来事(婚約など)、コミュニティやコネクティビティーも含まれるようになった。さらに、製品への関心は必ずしも年齢層によって高低があるわけではないことも分かってきた。関心についてのデータの合計点数の本当の値は、最終的には好みを理解することなのである。そして、メディア企業が消費者の好みを予想できるようになれば、パートナーであるマーケターとプラットフォームの双方に利益をもたらす、強力な競争優位性を確立することができる。例えば、音楽配信企業のスポティファイはユーザーに独自のプレイリストを作成させている。2015年11月には、ユーザーが作った約15億件のプレイリストが報告された。このタイプのユーザー生成コンテンツも、企業が消費者の趣味や嗜好についてよりよく知るための手段になる。スポティファイは「好みのプロフィール」を作成するため、ユーザーデータを集め、作成したプロフィールをスポティファイ・ディスカバー・ウィークリーのプレイリストに通知している。

2016年6月に、ニューヨークでPwCの「グローバル・エンターテインメント&メディア・アウトルック2016-2020年」が発表された時には、ターナー・ブロードキャスティングの広告営業担当プレジデントのドナ・スペシアルは、今後3年から5年の間に、テレビ広告スペースの50~60%が、今よりはるかに細かいオーディエンス・セグメンテーションをもとに販売されるようになる―もしかしたらオーディエンス保証付きで―と予言した。テレビ企業にとってこれは現状を劇的に変えるものであるため、データケイパビリティをそれに適合させ、調査や営業スタッフのスキルを高め、誰がどのプログラムを見るかを詳細に理解できるようにしなければならない。


マーケティングサービス・プロバイダーに必要な新たなケイパビリティ

新しいマーケティングエコシステムで最も大きな変化に直面しているのがマーケティングサービス・プロバイダー(代理店)であることは、ほぼ間違いない。マーケターはメディアレビューによって代理店に圧力をかけているし、メディア企業は自分たちを不可欠なパートナーとして位置づけようとしている。また、テクノロジー業者は、代理店のスペースやコンサルタントのスペースに入り込もうとしている。代理店はその中央で押しつぶされないように、自らの役割を明確に再定義する必要がある。新しい競争相手が中核事業を侵そうとする中、代理店は現状から変わらなければならない。世界最大の広告代理店グループのWPPの会長、サー・マーティン・ソレルは、strategy+businessに次のように語っている。「売上の大半―メディア、デジタル、データ―は、30年前には想像できないようなものから生み出されている」。5大広告代理店グループ―WPP、オムニコム、パブリシス・グループ、電通、IPG ―は、新興市場での事業拡大活動だけでなく、新しいエコシステムにおけるマーケティングサービス・プロバイダーとしての役割を強化するため、「新しいタイプのクリエイティブの開発」、「戦略的アドバイス」、「大規模な実験」という3つの鍵となるケイパビリティに投資しなければならない。一方、広告テクノロジー企業など、その他のマーケティングサービス・プロバイダーは、新しいテクノロジーのような他とは異なるケイパビリティや、独自のオーディエンスへのアクセスなどに集中的に投資する必要がある。さもなければ、買収されるか、忘れ去られるかの危険にさらされることになる。

新しいタイプのクリエイティブ開発

代理店は、今後もその中核となるクリエイティブなケイパビリティを競争優位性として活用しつつ、変化するマーケターの要求に応え、しっかりとクライアントを維持していかなくてはならない。そのためには、サービスベースのモデルから、特許コンテンツや知的財産(IP)をベースとしたモデルに移行する必要がある。つまり、もっとスタジオやデータマートのような存在に移行すべきなのである。どちらの場合も、新しいケイパビリティが必要となる。それは、開発と制作リソース、および収益化とIPのいわゆる「製品化」である。

代理店はもっとスタジオかデータマートのような存在に移行すべきなのである

代理店は、IP所有やライセンシングを通して、コンテンツに投資することができる。自社のクリエイターを集め、「クリエイティブ」を「コンテンツ」として定義しなおし、特許から収益を得ることができる。あるいは、消費者、ブランドやクリエイター向けのスタジオ事業へ移行してもよい。「実行可能な最低限の方策」として、主なメーカーやクリエイターと重要な関係を築いておくことが肝要である。もし財務的な余裕があれば、既に関係を構築している有力企業の買収や、投資、展示会による広告主の取り込みも良い方策だろう。例えばWPPは、インディジナス・メディア(Indigenous Media)、ヴァイス(Vice)、フルスクリーン(Fullscreen)、リファイナリー29(Refinery29)、ブルーイン・スポーツ・キャピタル(Bruin Sports Capital)の少数株を取得している。

代理店は、高価値データ、特にファーストパーティーデータや、マーケターが自社データに付加価値を付けることのできる製品化分析能力を中心としたIPベースのモデルを検討することもできる。広告代理店グループは、その規模をもとに、アマゾンに対抗する、別のデータ環境の構築に投資することもできる。それは、代理店が今日所有しているような需要側のプラットフォーム、すなわちデータ管理プラットフォームにとどまらず、ターゲット消費者セグメントについての最も優れた、完全かつ詳細なプロフィールや、その行動やニーズを提供することを目指したプラットフォームということになる。代理店は各ブランドから、新しく高価値な資産、例えば取引データ、出荷データ、携帯電話の使用データ、ファーストパーティーデータを集め、他とは明確に差別化された製品化データプラットフォームを作り、各サードパーティーデータのプロバイダーが生み出すものより高い価値を提供することが可能である。あるいは、広告クライアントのために、または共同で、データ連合を作り、ブランド間の中心的コーディネーターとしての役割を果たすこともできる。マーケティングテクノロジー企業のアドビはこうした活動を、子会社のオーディエンス・マーケットプレイ(Audience Marketplace)と共同で開始し、データ交換、データ連合、データ・パートナー・ネットワークなどを提供している。

戦略的アドバイス

代理店の中核事業であるメディアに関するアドバイス、実行、代理店業務へ、複数の新規参入者が押し寄せている。そのため、代理店も、クライアントが今日の複雑化したエコシステムを乗り切るためのサポートをどのように行うかを、もう一度じっくり検討するべきである。そのためには、マーケターにとって、より戦略的アドバイザーのような立場になることが必要である。自社の役割を、仲介役や中心的コーディネーターとしてだけでなく、マーケターが直面するいくつかの大きな問題の解決者として考えるのである。そのため代理店は、戦術ではなく、磨き上げた戦略技術を備えたコンサルティングモデルを採用しなければならない。デジタル代理店マイラム(Mirum)のグローバルCEOであるダン・カービーは次のように述べている。「われわれは戦術家の時代から、戦略家の時代へ入っていこうとしている。…クライアントが、自社事業にとって本当の戦略的チャンスとは何なのかをじっくり考えられるよう、手助けをする必要がある」

マーケターがじっくり考えることが必要な問題とは何があるだろうか? 例えば、「End to Endの購入プロセスの中で、顧客に統合的なブランド体験をいかに生み出すか」ということが挙げられる。サムスンは、ギャラクシーS4を、特に若者向け製品として位置付けるため、ヴァイスと提携した。ヴァイスは従来のビジュアルキャンペーンを縮小し、さまざまなチャンネルを活かして包括的な体験キャンペーンを展開した。ヴァイスのサンプチャンネル(Thump Channel)をプラットフォームとし、ミュージックビデオ、記事、ローンチパーティーなどのオリジナルコンテンツを制作した。このキャンペーンはソーシャルメディアで1,100万回表示され、オリジナルビデオの視聴回数は180万回を超え、高い評価を受けた。

こうしたキャンペーンを制作するには、複数の専門家が協力しなければならない。ブランディングエージェンシーは、インストアリテール体験デザインショップや、ソーシャルインフルエンサーやPR専門家のいるメディアバイイング会社との協力が必要となる。そのため、多くの広告代理店グループは、まずバーチャルな社内クライアントチームを作り、その後、代理店の垣根を越えた優秀な業務拠点を確立している。しかし、こうした取り組みでは十分ではない。代理店は構造を一新しなければならない。すなわち業界、地勢、専門機能の間に橋をかけ、クライアントを中心とした水平方向の協力ができるような構造改革である。例えば、Strategy&はさまざまな業界によって組織されており、それが最終的には広範な地域にわたっている。各業界内では、一つのパートナーが一つのクライアントとの関係に最終責任を持つ。大手クライアントについては、水平に並ぶさまざまな機能(例えば、戦略や税務のアドバイス)の中から、いくつかのパートナーがその役割を支え、クライアントを確実に満足させるために率先的な役割を果たす。それぞれの任務については、プロジェクトチームが水平に並ぶいくつかの専門機能を取り込み、クライアントの特定の要求に合ったサービスを提供することが多い。

大規模な実験

多くのマーケティング―例えばメディア管理、デジタル体験の構築など―には、規模と専門知識が必要だが、そういうものは、最先端で最大のマーケターでもない限り、あまりにも費用がかかりすぎ、スピードが速すぎて、社内だけでまかなうのが難しい。代理店の今後の役割の一つは、この実験規模のニーズを満たすことである。マーケターは急速なイノベーションの要求に圧倒されているため、代理店はマーケターが新しいチャンネルや方法をテストし測定するのを手伝って、様々なギャップを補う必要がある。

代理店はマーケターが新しいチャンネルや方法をテストし測定するのを手伝い、様々なギャップを補う必要がある

もはや実験段階ではないが、モバイルマーケティングは、多くのマーケターが今なお悪戦苦闘している分野である。2015年第3四半期にフォレスターが調査したところによると、「モバイルは当社のマーケティング手段にシステマチックに組み込まれている」と回答したマーケターはわずか13%しかなかった。代理店は、モバイルファーストの世界へ移行しようとしているマーケターをガイドする重要な役割を果たすことができるのだ。

また、小売業者はIoT(モノのインターネット)のアプリに大きな関心を示している。例えば、ディアジオはスマートタグのようなIoTテクノロジーを使って、消費者が贈り物として購入したウイスキーのボトルに、独自のビデオメッセージを付加し、その贈り物を自分流にアレンジできるようにしている。またこうした技術をサプライチェーンに使用し、業務の改善をはかることもできる。ハードとソフトとリアルタイムデータの必要な組み合わせを、自社独自でアーキテクチャ規模で構築できる小売業者は殆どいないのである。

最後に、代理店、特に広告代理店グループの傘下にある代理店は、それだけの規模を備えている。こうした代理店は、単に自社の業務範囲を広げようとするより、そのネットワークを利用して、戦略的に非常に優位な立場に立つことが可能である。例えば、WPPはインテルと提携してIoTのツールキットをローンチしたが、このキットは、顔認証や動作認証、ブルートゥース位置認識、コードの保存や顧客のID認証ができるカードなど、多くの新たなテクノロジーを搭載している。分野の枠を超えた実験的な「ラボ」を構築し、その中に、インフラ、データ、消費者知識、使用事例、アプリ、プロジェクト管理などを組み合わせた、ベースとなる「最低限の実用的製品」を備えていれば、代理店はマーケティングの実験に非常に重要な、中心的なイノベーターとしての役割を果たすことができる。積極的な代理店は、クライアントの製品開発やR&Dチームの出先機関になることを希望し、クライアントのために新製品や新事業を構築しようとするだろう。多くのマーケターに同時に大規模な実験ができれば、代理店はマーケターの重要なニーズを満たすことができ、マーケターのパートナーとして不可欠な立場を維持できる、継続的な「フック」を形成することになる。


結論

マーケターや、マーケターに製品やサービスを提供する会社にとって、この「マーケターのジレンマ」を解決するのはたやすいことではない。イノベーションはマーケターに、より深い洞察や関係深化や接続性を提供してくれるが、同じように、オーディエンス構築のために策定された戦略や、それを収益化するためのビジネスモデルを破壊している。またこの力は、マーケター、代理店、メディア企業の境界や、バリューチェーンにおける役割の区別を曖昧にしている。そのため、マーティング企業のジレヱマを解決することは、マーケターとユーザーの関係のあり方や、マーケターによる代理店、メディア企業、テクノロジーパートナーの選び方を、大幅に見直させることになる。

ユーザーとの「フロー」―すなわち、全てのブランドがユーザーとの1回のやりとりで購入に至る可能性のある箇所―を勝ち取るためには、新しい戦略と、新しい実行手段の両方が必要である。成功のための正確な方程式は業界や企業によって異なるが、正しい方向性は日々明らかになってきている。今後、多くのマーケターは、社内により多くのケイパビリティを蓄積し、自社のブランドに、最も効果的で最も容易に実施できるソリューションを与えてくれるプロバイダー(メディア企業、代理店、テクノロジー企業、コンサルタントのいずれか)への支出を優先するようになる。ユーザーに必要なクリエイティブな体験や、ビジネスモデルに突破口をもたらし混乱を断ち切ってくれるイノベーターと、特別なパートナー関係を求めるようになるだろう。

端的に言うと、この勝者はマーケターのジレンマを喜んで受け入れるのである。それは、マーケティングのケイパビリティを再考する理由となったからだけではない。そのジレンマを、自社の事業全体を強化し、競合他社より優位に立ち、ユーザーや顧客やパートナーに対して目的を明確にする戦略的チャンスと捉えているからである。ここで、「幸運は勇者に味方する」という有名なラテン語のことわざが真実味を帯びてくる。ためらう者もあれば、少しずつ変えようとする者も多い。また従来の手段に固執する者もいる。だがそれとは対照的に、勝者は新しいモデルや手段を喜んで受け入れ、それを素早く実施できることを実証し、そうすることで自らも学び、目的を達成するのである。


脚注

  1. Webページがロードされるだけでなく、実際に画面上で視認可能な広告インプレッション

PDFファイル内の執筆者の所属・肩書きは、レポート執筆時のものです。

"The marketer's dilemma: The new capability agenda for marketers and their partners”, September 6, 2016。